メムリ(MEMRI) - 中東報道研究機関 調査および分析シリーズ
中東報道研究機関




前のページ
前のページ
プリンターフレンドリー
プリンターフレンドリー

フォーマットで購読


THE MIDDLE EAST MEDIA RESEARCH INSTITUTE

調査および分析シリーズ


 
Inquiry and Analysis Series No 251 Nov/15/2005

フランスの暴動に対するアラブ、ムスリム世界の反応

 フランス各地で発生した暴動は、アラブ、ムスリム世界に大きな波紋を呼んだ。その反応もさまざまである。発生原因として、アラブ、ムスリム少数派社会が抱える差別、疎外の問題、閉塞状態を指摘するコラムニストもいれば、移民社会の自助努力の欠如を問題視する人もいる。つまり、フランス社会への融合努力をせず、自らの運命を切り開くことをしないというのである。フランスのイスラム教団体連合は、ファトワをだし、暴動参加はイスラムによって禁じられているとした。一方、フランスの有力なイスラミストサイトは、このファトワを批判している。

次に紹介するのは、この暴動に対するアラブの新聞とサイトの反応である。

暴動の原因は、人種主義と差別

ロンドン発行のアラビア語紙Al-Sharq Al-Awsatに、アル・アラビアTVのディレクターであるアル・ラシド(Abd Al-Rahman Al-Rashed)が「烏合の衆の革命」と題し、2005年11月7日付紙面で次のように論評した。

多分彼等は泥棒で、烏合の下層民で、アナーキストであろう。しかし、彼等には彼等なりの理由がある。それに耳を傾け、対処する必要がある。これは抗議なのだ。大きな集団が抱える劣悪な状況に対する抗議の意志表示なのである。(フランスの内務)大臣が社会のクズとか暴徒と言おうが、問題の根は別のところにある。このような侮辱的暴言を吐いてみたところで、問題の解決にはならない。根っこを解決しなければ、一時的に鎮静しても、いつか必ず再発する。

法と自由の文明国は、植民地主義の終焉以降残存していた古い問題に対応できていなかった。例えば国会は、社会のクズからエリートまであらゆる階層の社会が代表を送るところである。しかるに、この大きな移民社会から、国会議員という地位へ到達した者はひとりもいないのである。自由と民主々義の国フランスでありながら、まさに考えられないことである。外国出身の移民。この場合はアラブ、ムスリムだが、人口数百万を擁するが、フランスの大きな政党でその社会の代表をとりこんでいるところは、ひとつもない。彼等の権利擁護に真剣に取り組み、奔走する大政党もない。

暴動をおこす者は大抵クズで、烏合の衆である。大声で怒鳴ることは心得ているが、(行動の)結果がどうなるかを考えない。学校を焼打ちしたり、通行人をあたり構わず襲撃したり時には死に至らしめることもあるが、そのような行動は、社会のクズの態度を反映している。不幸にしてそれが、政治の場できちんと聴き届けられない社会の声なのである。

我々は、クズとそれがあげている悲鳴を、はっきり区別して扱わなければならない。差別感がなければ、この暴徒が(アラブ及びムスリム社会)の(相当な)連帯を得ることもない。

人種主義者は差別の醜い顔を隠せない―イラン主流紙

イランの保守系新聞Jomhouri ye Eslamiは、2005年11月8日付社説で次のように論評した。

フランスは昔から人権擁護の本家を以て任じ、自国の自由と民主々義を自画自賛してきた。更にフランの政治家は世界の人権擁護を謳い文句にしてきたし、ヨーロッパいや世界の文化の中心と自負してきた。

フランスの警察が2人の若者を殺したことで、人種主義の差別に苦しんできた人々の我慢も限界にきた。堪忍の緒が切れたのだ。従来の静かな運動が、公然たる暴力的反抗に変ったのである。

エリーゼ宮殿の御偉方は、しいたげられた貧しい人々に抑圧政策をとってきた。店舗の略奪は、その反撥からきたのである。きらびやかな言葉で人権擁護の権化みたいなことを吹聴してきたフランス人政治家のウソが、このような形で暴露されてしまったのだ。

イギリス、ドイツ、アメリカ、カナダその他多くの西側諸国で差別がひどくなっており…この病に苦しんでいる。フランス国民は、この差別、抑圧を目のあたりにしているし、政治家の偽善を知っている。貧困と飢餓の問題とあいまって、上記のような諸問題が我慢しきれない程ひどく、彼等をして政治家に対する反抗に走らせたのである。国内の現実があからさまになったということであり、パリの政治家は、人種主義者の差別という醜い顔を最早隠しきれなくなった。

仏政府は、帰属意識強化策を考えよ―アラブ人権活動家の意見

フランス在住のアラブ人権委員会メンバー マンナー博士(Haytham Manna`)は、2005年11月8日付クウェート紙Al-Siyassaに「移民青少年に謝罪するのは誰か」と題する評論を寄稿し、次のように論じた。

警察に追われた若者2人が死亡した後、パリ北部郊外で暴動が発生した。フランス人権委員会は、「失敗の30年、3年の独断政策のつけ」と言うのみである。内務相サルコジ(Nicolas Sarkozy)はこの暴徒を社会のクズと呼ぶ…

フランス政府は、有効な移民政策の導入に失敗してきた。形式的ではなく本当にフランス共和国の一員と感じる帰属意識醸成策が、導入できなかったのだ。10年程前私は、フランス警察の人種主義をモニターする調査委員会の設置を求めた。我々は、治安機関にみられる人種主義が近年ますます強まっていると考えていたが、委員会の調査は我々の判断を裏付けている。2000年3月15日(フランスの)人権諮問委員会は、フランス人の70%が

人種主義的感情を抱くとする報告を発表した。

同じ日、アラブ人権委員会はフランスの人権活動家に危険水域が近いと警告を発した。しばらくはつくりものの静穏状態が続いた。あたかも、人権、公民権宣言の地<tランスが、人種主義というエイズの犠牲になってはならぬといわんばかりである。それから間もなくして、特別の世論調査がおこなわれたが、それによると国民の60%が、外国出身者の人口比率が余りにも高いと考えている…。

フランスの民族統合と調和は神話―イスラム教徒知識人

ヨーロッパのイスラム教徒知識人のひとりラマダン(Tareq Ramadan)は、2005年11月11日付前出ロンドン発行アラビア語紙で、暴動に宗教問題をからませるなと警告し、次のように述べた。

今日(フランスで)起きている事件には、破壊と暴力をほしいままにする集団が、確かにからんでいる。しかし問題はそれだけでは片付かない。暴動に底流するものがあるのだ。宗教上の背景、動機を指摘する見方が有力だが、フランスを貧困の支配する郊外と豊かな中産階級の社会と二つに分断し、破壊している社会経済上の背景、動機を見失っていないか。

それではどうするのか、私の立場は明快である。暴力は答えにならない。従って安全と秩序は回復させなければならない。ギャング共に相応の償いをさせなければならない。

そして我々は、現代のジャン・ジョレス(Jean Jaure`s)を必要とする。社会問題に取組むためには、宗教問題をわきにおかなければならないと主張したのが、このジョレスである※1。フランスそして共和制の統合、調和は、社会上、経済上からみて神話である。世俗主義の問題でもない。内務相サルコジの(社会のクズ)発言は、全く受入れ難い。一方が他方を侮辱するようなやり方は、擁護できない。

ラマダンは、フランスの有力なイスラミストサイトに掲載した記事で、英仏の移民吸収政策を比較し、次のように述べた。

フランスモデルはイギリス式と比べ良くも悪くもない。イギリスの偏見は民族問題がからんでいるが、フランスの場合は経済問題に起因する。人種主義とゲットー化の現象は、教育を通して対応する必要がある。つまり教育の場にフランス社会に対する移民の貢献が反映されなければならない。学校のカリキュラムには、現代のフランス社会を構成する人々の歴史と伝統が、殆んど扱われていない。正式の教育が、両親達の社会貢献を認めなければ、子供達に自分の存在意義を信じさせようと思っても、無理である。英仏のムスリム系市民の合法、正当なる要求には耳を貸さず、非合法手段を以てする場合にしか注目しないというのは、まことに不幸なことである※2。

仏の立場は米に比べて公平、我々は仏の安全と平和を願う―アル・カラダウィ師

アル・カラダウィ師(Sheikh Yousef Al-Qaradhawi)は、2005年11月7日付カタール通信によせたステートメントで、フランスの事件に遺憾の意を表明し、フランスのムスリムに賢明な対応を望むとして、次のように述べた。

自動車や公共施設に火がつけられ、フランスとフランス国民の権益を傷つけるまでエスカレートした今回の事件に、我々は深い悲しみをおぼえる。我々は、アラブ、ムスリムとして、フランスとその友好的国民の安全と平和を心から望むものである。アラブ、ムスリム問題に対するフランスの立場はフェアであり誠実であり、アメリカとは一線を画していることから、我々の思いはひとしおである。

我々はフランスのムスリム社会に、鎮静化に向け賢明な対応するように求める。それと同時にフランス政府は状況を治安面からみるだけではなく、(ムスリム)社会の宗教、政治指導者と事態の収束に向けて協議し、社会、教育及び経済上の諸問題など、事件の背景にある根本原因に対する解決策を双方が知恵をだして策定することを、心から願っている。

ゲットー心理から脱却してフランス文明の一部になれ―前クウェート教育相

クウェートの前教育相アル・ラビ(Ahmad Al-Rab`i)は、2005年11月8日付ロンドン発行紙Al-Sharq Al-Awsatに、次のような論評を寄せた。

私達は、鬱積した怒りが判らぬではない。少数派社会を取り残しにした政策のつけ、人種主義政策の結果として、問題をとらえることもできる。それと同時にアラブ系社会の指導者は、フランス社会でこの危険について話合う前に、社会内部で話合う必要があろう。

破壊と暴力は、アラブ出身のフランス国民のためにならないし、その地位をたかめることにもならない。全く逆効果である。少数派に敵意をもつ人種主義を助長し、(フランス政府の人種主義)政策の炎に油を注ぐことにしかならない。フランス社会への統合は益々難しくなる。

アラブ系社会内部はアナーキー状態にある。今回の事件がそれを証明した。リーダーシップをとる者は誰もいず、事態を鎮静できる権威が何処にもない。世論を形成しそれを動かす市民社会としての基盤が全然ない。フランスのアラブ系社会は、文化的に自分達を組織化できていない。全体の社会のなかで大きな役割を果せるような成果をあげていない。

この少数派社会は、規模の大きさに比して、政治、経済、文化、そして学術生活の面で殆んど業績をあげていない。このコントラストについて、よく考えるべきである。

フランスのアラブ系社会は、フランス国民らしく振舞い、フランス社会にとって不可欠の存在であることを、証明しなければならい。それはとりもなおさず、業績をあげることである。生活環境と教育条件を改善し、アラブ系フランス人のイメージをそこなう逸脱行為者と、戦わなければならない。そしてゲットーメンタリティから脱却し、フランス文明の一部にならなければならない。

問題はフランス政府ではなくアラブ移民にある―サウジコラムニスト

コラムニストのアル・ムーサ博士(`Ali Sa`d Al-Moussa)は、2005年11月8日付サウジ政府系新聞Al-Watanで、次のようにコメントした。

パリの業火は、アラブ移民社会に溜まっていたものにも火をつけた。アラブは、自分とは違った文化と共存できない。理由は簡単である。つまり今日アラブは、世界文化の軌道からはずれて、ひとりだけ回転しているのである。移民が新しい国に根をおろそうとしても、先住の市民と平等の地位を確立できない。後から後から来るアラブ移民はどの世代もこの点を理解せず、この事実を直視できない。フランスが移民受入れ国としてはベストであるのにだ。

フランス政府だけを非難するのは間違っている。アラブ人は他者と文化的に衝突し、自分の共同体のなかへ逃げこむ。相手もそうなってしまう。そして都市郊外が、彼等の文化母体の性格を帯びてしまう。自分の鞄の中に自分の文化、伝統、慣習、行動様式をそっくり入れて、どこまでも持ち運こぶのである。

通りの雰囲気、たたずまい、家のドア、学校、サービスのレベルいずれをとっても、モロッコの町そっくりである。何世紀も変りない北アフリカの町の空気が、そこにある。共同体の生活では、(フランス)政府に対する敬意など微塵もない。別の世界へ移住することを心から願いながら、いざそこへ到着すると、たちまち醜悪な言葉でその国を呪いだす。心理的な素因がそこにあるとしかいえない。

今回の事件は、西側の考えが、中東で役に立たないことを証明した

コラムニストのアル・ジンファウィ博士(Khaled `Awid Al-Jinfawi)は、2005年11月8日付クウェート紙Al-Siyassaに「自由、平等、博愛がすべてではない」と題す論評を掲載、次のように論じた。

今回の事件は、西側国家で移民の文化的社会的吸収、統合に失敗した証左である。「自由、平等、博愛」といった西側の進歩主義思想が…中東で成功する度合について、再び歴史的な°^問が生じたわけである。

平等、法にもとづく正義、民主々義、人権、博愛といった理想は西側で生まれ、18世紀末のフランス革命で導入されたが、貧困、不平等を解消し得ず、かえって(移民)社会を周辺部へ押しやり、彼等の権利を奪い、経済、教育、社会開発等々の分野における機会を拒否してきた。本家本元がそうであるのに、これを中東へ移植したところで、人間を救えるのだろうか。

暴動は教えによって禁じられている―フランスイスラム教団体連合のファトワ

2005年11月6日、フランスイスラム教団体連合のファトワオフィスは、暴動参加を禁じるファトワをだした。以下そのファトワの内容である。

人々の権利は他人の権利を犠牲にしてはなりたたない。窮状(に対する抗議)表明は、他者の権利を犠牲にした形をとってはならない。自分の車が目の前で燃えるのを見た人々がいるのである…「こちらから戦いを仕掛けてはならぬ。アッラーは戦いを仕掛けるものをお好きにならぬ」(コーラン第2章190)とあるように、攻撃性はイスラムによって禁じられている。これは、アッラーの預言者のスンナによっても裏付けられ、イスラム法学各派のコンセンサスになっている…アッラーが満足されることを望むムスリムが、共通の善と個々人の善をそこない、人々を傷つけるような行為に加わることは(禁じられている)。

ヨーロッパファトワ評議会及び、ファトワオフィスのメンバーであるアッラー師(Sheikh Ahmad Jab Allah)は、www.islamonline.net で次のように言っている。

ファトワは混乱を解消するために必要である。今回のファトワはフランス国民に向けられたメッセージであるから、イスラムが今回の事件とは関わりのないことが、はっきり判ると思う。

イスラムの機関の役割は、発生している事態に対する立場を明確にする点にある。フランスのムスリムとしての我々の責任は、ムスリム青少年に対する(言動の)枠組づくりと、権利を守るため非合法手段に訴えることを防止する点にある…我々はこのファトワを、諸団体、モスク、事件発生域で配布したいと願っている。多くのイマムが今回の騒動で対応に苦慮しているので、このファトワが適切な立場をとるための指針になる※3。

フランスの有力イスラミストサイトwww.oumma.com は、「信じ難いファトワ」と題して反論を掲載し、「このファトワが、(暴動が)イスラムを背景にしているという見方を逆に強めてしまった。おかげで、ムスリムに対する偏見を助長し、内務相サルコジに大義名分を与える結果になった」と批判した※4。

※1  ジャン・ジョレス(1859-1914)は、フランス社会主義運動の先駆者、国際社会主義運動でも活動し、ユマニテ紙(1904)を創刊した。

※2  2005年11月8日付

  http://www.oumma.com/article.php3?id_article=1763

※3  

  http://www.islamonline.net/Arabic/news/2005-11/07/article02.shtml

※4  2005年11月7日付

  http://www.oumma.com/article.php3?id_article=1759


 

 

すべての翻訳の著作権はメムリが所有する。
記事の引用の際は必ずメムリの名前を記載すること。

著作権に関する問い合わせはここをクリックして下さい。

ウェブサイト開発: WEBstationONE, ウェブホスティング: SecureHosts.
Copyright © 2001, 2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008, 2009, 2010, 2011, 2012, 2013, 2014, 2015, 2016. All Rights Reserved.