メムリ(MEMRI) - 中東報道研究機関 緊急報告シリーズ
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THE MIDDLE EAST MEDIA RESEARCH INSTITUTE

緊急報告シリーズ


 
Special Dispatch Series No 1143 Apr/21/2006

スーダンの学者でイスラム主義指導者のハサン・トゥラビはアラビーヤ・テレビで、こう語った:女性は胸を隠さねばならない、顔ではない;女性はイマーム、また政治指導者にもなることができる;自宅での飲酒には罰則がない

スーダンの学者でイスラム主義指導者のハッサン・トゥラビ Hassan Al-Turabi はソルボンヌ大学から法学博士号を取得している。博士は1960年代初め、スーダンのムスリム同胞団の指導者になった。1986年。スーダン国民議会選挙では国民イスラム戦線(NIF)ーームスリム同胞団の新しい分派で。スーダンのイスラム国家樹立を目指すーーを率いた。NIFは、同議会第三党に躍進した。1989年、選挙で選出された政府を打倒する軍事クーデターに、舞台裏で参加した。以後2001年まで、NIFの指導者、後に国民議会の議長を務め、指導的な政治家として政府を支えた。

トゥラビは1990-1991年にかけ人民アラブ・イスラム会議 (PAIC) を設立し、書記長に就任した。(スーダンの首都)ハルツームに本部を置いたPAICは、政治的イスラム主義過激運動の国際的な傘組織だった。トゥラビは1990年代はじめ、スーダンを基地として使用することをビンラーディンに認め、また、ビンラーディンの精神的師となった。NIFはスーダンをイスラム国家に変えようとした。しかし、その試みは複雑な結果をもたらした。反対勢力が台頭し、内戦になった。2000年、スーダン政府はPAICの主催を止めた。2004年3月、トゥラビはハルツームで、かつての同志である現大統領オマル・バシールOmar Al-Bashirの命令で逮捕された。しかし、2005年6月釈放された。

以下は、2006年4月10日(ア首連ドバイの衛星テレビ)アラビーヤ・テレビで放映されたトゥラビ博士のインタビューの抜粋である。

このクリップは、

http://www.memritv.org/search.asp?ACT=S9&P1=1112

で見ることができる。

「イスラム世界の大半は・・・コーランを(正しく)読まず、(盲目的に)引用する」

トゥラビ:「これらの見解の一部はすでに数十年前に表明され、書籍でも取り上げられた。しかし、あなた方は依然こう見ている。イスラム世界ーー停滞し、後退し、伝統を重んじるーーイスラム世界の大半はコーランを祝福のため以外は(正しく)読まず、(盲目的に)引用している、と」

(・・・)

インタビュアー:「トゥラビ博士、あなたは女性と男性は平等だとし、女性はイマーム(スンニ派の礼拝指導者)を勤めることができると語った。つまり、ある女性が男性よりも敬虔で聡明ならば、彼女は礼拝を指導することができると語った。また、あなたは、ムスリムの女性と経典の民の男性との結婚を(認めた)。また、ヒジャーブ(ベール)で(女性が髪を覆うこと)に関し幾つかの点を提起し、胸を隠すだけで十分だと語った。

(・・・)

「アッラーがお望みになるなら、私は女性が働き、社会生活の一部になることを望む・・・私は人間間の平等を好む」

トゥラビ:私は社会の半分(女性の意)が外出すべきだと言ったが、それは、単に街中に出る人間の数を倍にするためではなかった。ともかく、電化製品の登場で、家庭はもはや多くの作業を必要とはしないーー我々が自分たちの妻を装飾品として扱い続け、夜を待つのでなければだが。

「アッラーがお望みになるなら、私は女性が働き、社会生活の一部になることを望む。アッラーは女性に、我々に優る幾つかの利点を、また、我々には女性に優る利点を与えた。アッラーは男性と女性に、それぞれ互いに優る利点を与えたのだ。私は人間には平等が存在することを好む。なぜなら、「アッラーは単一の魂からその仲間を創造された」と言われるように、我々はすべて、同一の魂から創造されたからだ。

(・・・)

「私は、女性がイマームになることを禁じるハディース(預言者の言行録)を知らない。私はこう理解できる・・・礼拝の間にーーつまり我々が祈る時、我々は互いに近づき、触れ合う。そうした接近状態で、仮に女性が我々と共に祈るならば、彼女たち(の存在)によって我々の思考は礼拝から逸脱し、男と女の関係に向かうだろう。これがーーモスクによって祈り方は異なるがーー彼女たちが我々の背後で祈るか、脇で祈るかする理由だ。

「しかし、一人の女性が我々よりも一層敬虔であり、一層善良であり、あるいは年齢が上ならば、人々は彼女の顔を見ることなく、彼女の知恵ある言葉に耳を傾けるだろう。

「(この問題に)関するハディースが一つある。預言者(ムハンマド)がウンム・ワルカUmm Warqaをよく訪ねた(というハディースだ)。預言者は幾人かの女性をよく訪ねた。訪ねたのは妻たちで、その夫たちではなかった。なぜなら彼女たちは(夫たちよりも)行いの正しい人間だったからだ。

「女性はムエッジン(礼拝の呼び掛け人)を勤めることもできる。彼女のダールdar(家や領域を意味するアラビア語)の人々を礼拝で導くことができる。ダールは必ずしも家を意味しない。ダールは広い地域を指す・・・例えばダルフールDarfourやダルハメドDar-Hamed(といったぐあいだ)。

(・・・)

「ある女性が候補者の中で最善の人物ならば。また、国家が直面する挑戦にもっともよく対応できる人物ならば、国家の指導者になることができる。国家は社会的な困難、経済的な困難、あるいは軍事的な困難に陥っているとして・・・これらの困難次第で、また現在の必要性に応じて、私は候補者を(選択して)投票する。

(・・・)

「ユダヤ人やキリスト教徒と結婚した欧州の女性は、イスラムに改宗する以前に離婚する必要はない」

トゥラビ:「人々はイスラムに改宗する。欧州では、女性は夫に先立ってイスラムに改宗することができる。彼女たちを止めさせるべきか、それとも彼女たちを裁判に掛けるべきか。彼女は信仰する女性でありーー離婚するまで彼女を改宗させないでおくべきか、それとも(離婚前に改宗させて)彼女の家族をバラバラにするべきか。その(イスラム)法判定の根拠はどこに求めるのか。(しかし、関連するコーランなどの)章節はどこにもない・・・」

インタビュアー:「彼女がイスラムへの改宗を望むならば、彼女は結婚していなければならない・・・」

トゥラビ:「いや、そう我々に伝える(コーランなどの)章節は存在しない・・・(その)章節は多神教徒に言及している。我々と多神教信者との結婚は禁止されている」

(・・・)

「コーランは、我々が経典の民と結婚できると語っている。結婚できないとは言っていない、(経典の民との結婚を禁じるイスラム学者は)(こと他教徒との結婚問題に関しては)信頼がおけない一般的な章節に依存している。もし、これが妻(と夫)との間に争いを引き起こさないならば、そして、現在引き起こしてはいない・・・ましてや女性は夫と同じ政党に投票すらしない、時には、夫は宗教的でもなく、キリスト教徒であることは親から受け継いだものにすぎず、実際はイエスを信じてさえいない。彼女をキリスト教に復帰させるべきか。それは無意味なことだ。

「同様に、経典の民出身の妻に対し我々の宗教に改宗することを我々は強制しない。私は(これに関し、法判定を)決定した・・・(いや)決定しなかった。私は人々の諸問題について私の意見を与えたのだ。

「女性たちは夫に先立ってイスラムに改宗してきた。そして(イスラム学者は)彼女たちを止めようとした。私はそうするなとイスラム学者たちに言った。もし、あなた方がサラフィー(先達)の書籍を読んでいたら、この法判定に遭遇したろう、と。

(・・・)

「ヒジャーブ(ベール)という言葉はコーランの中に現れる。それは預言者の部屋のカーテンを指している。当然ながら、人々ーー法判定を求めにきたムスリム、質問を望むイスラムへの改宗者、訪問を望むジャーヒリーヤ(メッカの多神教信仰)の人々ーーが部屋に入ると、預言者の妻はその部屋に坐ったままでいることはできなかった。これは現代の家屋でも不可能だ・・・

「アッラーに賞賛あれ、今日の家屋は(預言者の時代に比べ)より広く、ホールや客間がある。しかし、当時は一つの部屋しかなかった。そこで、彼女たちは気楽さを感じることが出来るように、また、好きな衣類をなんであれ着れるように、ヒジャーブを使ったのだ。もし彼女に頼むことが何かあれば、我々はヒジャーブの背後からそれを頼む。

「コーランはこのこと(女性の体を隠すもの)をヒジャーブと述べたわけではなかった。これはキマルkhimarと呼ばれた。乳房だけを隠すものだ。言及されているものはキマルであって、ヒジャーブではない。(一方)あなた方が聞き続けているのはヒジャーブ、ヒジャーブ、ヒジャーブだ・・・こうして言葉が歪められる時、人々はミスリードされる。

「ムスリムは・・・ただそこに坐り、自分たちの問題の解決を神に懇願する。『おー、アッラーよ。ユダヤ人を殺せ、アメリカ人を殺せ』・・・彼らは自分では何もしようとしない・・・シーア派も同じだ」

トゥラビ:「これはムスリムの弱さである。彼らは常に坐ったままで、自分たちの問題を解決するよう神に懇願するだけだ。『おー、アッラーよ、ユダヤ人を殺せ、アメリカ人を殺せ』と。それが、彼らが坐ったままで行う唯一のことだ。彼らが望むのはイエスが来て、マハディ(救世主)が来て、世界を正義と光で満たすことだ」

(・・・)

「彼らは自分では何もしようとしない。彼らは偽りと戦わず、ジハードを展開しようと望まない。彼らは、アッラーが天国からイエスを派遣し、彼らの問題ーー『あれらアメリカ人、あれらキリスト教徒』との全ての問題を解決してくれることを待っている。イエスは2006年も経て、もはや生きてはいない。しかし、イエスはムスリムの幻想の中に生き続けている。兄弟よ、これらは幻想、幻想なのだ」

(・・・)

「これはシーア派も同じだ。むろん確実ではないが、カリフが彼(幼かった第12代イマーム)の名前を発見し、彼と彼の父親を連れて行き、たぶん彼を密かに殺した。しかし、シーア派は依然(この)イマームの再臨を待ち続けている。1000(年)以上、あるいは数百年、シーア派はイマームを待ち続けた。実際のところ、シーア派の大半はイマーム(の再臨問題)を無視して、前進した。私は、全てのムスリムの前進を望む。

「最後の審判の時、私はこう言ってアッラーに謝罪することは出来ない:私はメシアを待っていた。しかし、貴方(アッラー)だけが知っている理由で、貴方はメシアの出現を遅らせた。私はメシアを待っていた。私は、待っている人々の一人だ。死ぬまでに、行動する者の一人になれ。多くの人々が死んだ」

(・・・)

我々は酒を捜すためにムスリムの家に立ち入ることはできない

トゥラビ:「我々は飲酒を禁止されている。酒を飲む罰はむち打ちである。しかし、私はこう言い続けてきた。人々の家に立ち入ることはできないと。許可を得て初めて家に入ることが出来るのだ。ノックを繰り返しても、誰もドアを開かないなら。たとえ我々が警官であろうとーーさらには(第二代カリフ)オマル・イブン・アルハッターブOmar Ibn Al-Khattabであろうと、立ち去らねばならない。そのようにオマルは行動した。我々は人々の家には立ち入らない。もし(一人の人物が)自分自身の酒を製造し、それを家の外では飲まないならーー彼が眠りに落ちるまで好きにさせなさいーー翌日ふだんのように家を離れるなら。それ(飲酒)はそれほどひどいことではない。

「しかし、むろんのこと非ムスリムでなければ、誰であろうと公共の場で飲酒し、また売るならば、その人は罰せられねばならない。泥酔して脚がふらつき、車を無謀運転するならばーー世界のすべての国で、責任を問われる。私は、飲酒の禁止が、他人をスパイするために使われないよう望む。

(・・・)

「改革は惨めさ、恐れ、保守主義からは出現しない」「西側に行くと、我々の信仰は一層強まる」

トゥラビ:「兄弟よ。我々の社会は改革の必要がある。改革は惨めさ、恐れ、そして保守主義からは出現しない。我々は何を保守しているのか。この(ムスリム世界の)後退性か。我々はただ坐って保守主義を掲げていていいのか。西側が軍で、経済で、メディアで、科学で、我々を圧倒しているというのに。我々は何を保守しているのか。アッラーにかけて、西側諸国に行くと、我々の信仰は一層強まる。我々の信仰はひたすら発展する。私の信仰は欧州で、フランスで、英国で一層発展した。私の信仰は一層強まった。私の知識も同様だ、アッラーに賞賛あれ。


 

 

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