メムリ(MEMRI) - 中東報道研究機関 緊急報告シリーズ
中東報道研究機関




前のページ
前のページ
プリンターフレンドリー
プリンターフレンドリー


THE MIDDLE EAST MEDIA RESEARCH INSTITUTE

緊急報告シリーズ


 
Special Dispatch Series No 128 Jun/6/2017

彼等は敗者やニヒリストではなく、死の崇拝者や病んだ卑怯者でもない
―大義のために殺戮しユートピア的未来の為命を捧げる信仰の人である―

イガル・カルモン

バラク・オバマ前大統領、フランソワ・オーランド仏大統領、ディビッド・キャメロン前英首相は、欧米で起きているジハード爆弾テロが、宗教と関係していることを否定する。それと同じように、ドナルド・トランプとテリーザ・メイ英首相 も、ジハーディスト達を悪の敗者(evil losersトランプ)とか病んだ卑怯者(sick cowardsメイ)と別の呼び方で一蹴し、このジハード現象に誤まった特徴付けをしている。

トランプは、選挙キャンペーン時には、別の呼び方をしていた(過激イスラムテロリズム)。しかしその後、ほかの西側指導者達が好むアプローチに変えたようである。この指導者達は、テロの宗教的ルーツに言及するのは有用ではない≠ニ考えるのである。彼等と同じように、トランプは、14億のムスリムの機嫌を損ねるのは避けたいわけで、もっともな必要性にかられたわけである。

そこで、まず有用ではない≠ニいう定義を考えてみよう。恐るべき犯罪を実行するジハーディストは、負け犬ではないしニヒリストでもない。死の崇拝者でもないし、病んだ卑怯者でもない。それどころか、彼等の圧倒的大多数は、献身的且つ熱烈な信者である。彼等は、ユートピア的未来―自分の信仰によって支配される世界―のため自己の生命を犠牲にする理想主義者である。彼等が犯す行動(テロ攻撃)は、敬虔の極致的行為である。彼等は、過去の栄光と壮大性を復活するため、初期信仰者の献身と肩を並べようとする。事実、彼等は訓練の一環として、敬虔なライフスタイルを送る。礼拝時には沐浴し、社会で恵まれぬ者を助け、借金は全部払う※1。そして、他者に対する倫理的宗教的役割のモデルになろうとする(自爆者ハナディ・ジャラダットの遺書を参照。ハイファのレストランで大量殺人を犯した人物。その遺書は、慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において≠ナ始まる)。

西側指導者達は、実行犯の悪しき性格を非難するが、実行犯が従う信仰は犯罪とは関係がないと免罪する。しかしこのアプローチと違って、実行犯は彼等自身の信仰の基準によって、コーランの教え、「異教徒にはきつく、仲間同志ではいたわり合え」(48章29)に忠実であり、これに従う有徳の人なのである。問題は、実行犯の人格にあるのではなく、彼等の宗教上の信仰体系の中核的価値観にある。彼等の信仰には―どのような信仰でも―美しいものと敵意の要素が含まれている。西側の指導者達がやっているように、この敵意の要素が信仰の一部であることを否定するのは、間違っている。役に立たないのは、このような否定である。これは自己欺瞞である。

テロリストの行為に誤った特徴づけをすることが、世界のムスリムに対する怒りの回避につながるのであろうか。答はノーである。西側指導者がやっているように、ジハーディストの行為を信仰の根源とは無関係とし、行為と教えを完全に切り離してしまえば、世界のムスリム達は、西側の指導者達が自分達の信仰を理解せず、誤った特徴づけをする知的傲慢に走っていると考えるだけである。ムスリムが誇りにするイスラムの偉大なる成果がある。その成果とは偉大なる文明の確立、ひとつではなく史上複数の帝国を築いた業績である。誤った特徴づけは、この成果の基礎にある核心的価値観を否定することである。

キリスト教の場合、コンスタンティヌス大帝がキリスト教を国教とし、武力による信仰の強制で拡散させた。この価値観(武力による信仰の拡散を目的とする自己犠牲の極度の献身)がイスラム拡散の基礎にある。これを認めることは、ムスリムに対する尊敬がはるかに高いということである。キリスト教の場合、ずっと前にこの価値観を放棄したが、その過去を否定しているわけではない。強制を捨てたのである。西側の指導者達は、その核心的価値観を否定することによって、ムスリムの過去を侮辱してはならない。むしろムスリムに同じ道をとるように要求すべきである。イスラム文明と栄光の基礎にある暴力的価値観は、現代の道徳観と調和しないことを、ムスリムに自覚させなければならない。ムスリムは(キリスト教がやったように)自分達の信仰の別の側面に焦点をあて、武力による宗教的ユートピアの顕現を強制することを完全に否定すべきである。

西側の指導者達が、ジハード現象のルーツ、即ち信仰と攻撃の間にある深い関係を否定し、認めようとしなければ、自国で起きるテロリズム≠フ撲滅は期待できない。この結びつきを認めることは、ムスリムに敬意を払うことになるだけではなく、改革に貢献することにもなる。ムスリム改革派には助けとなる。改革派は、テロリストの思想が信仰に起因していることを認めている。信仰の家、神学校、社会に由来しているのである。否定するよりも本当の姿を直視しつつ、ムスリムに対する方が、余程誠実である。ムスリムには、その業績に誇りがある。しかし又、その業績をもたらした古めかしい価値観がある。その価値観の一部は現代に通用しない。つまり、誇りと共に批判も必要である。ムスリムは正常な態度を以て直視しなければならない。イスラムテロのルーツに関する、西側指導者の不必要な偽善の完全放棄のみが、ムスリムの直視を助ける。ヨーロッパ諸国が、ポスト帝国主義的地位に自分達を合わせたように、ムスリムはポストカリフ的地位の役割を受入れなければならない※2。これは確かに苦痛の伴なうプロセスではあるが、不可避である。ローマ教皇ヨハネス23世による改革aggiornamento(教会の儀式、教理の時勢に合わせた改訂)があったようにムスリムの最高宗教指導者達は、ムスリムの教理改訂を追求しなければならない。

このメッセージは西側指導者達によって明確且つ執拗に伝えられなければならない。今日までの慣行であった知的怠慢即ち回避と否定に代って直言しなければならない。そしてこの要求はムスリムだけに求められたことではないことを、強調すべきである。西側とキリスト教はそれに合わせたのである。このプロセスを踏んで初めて、ジハードのイデオロギー基盤が根絶され、テロリズム≠ヘ相当に減少する。言うまでもないが、これは長期に及ぶプロセスである。しかし、これが本当の問題解決であり、結果を生む唯一の方法である。

この識見を具体的な政策にするには、二つのステップをすぐにとる必要があると思われる。第1は、西側指導者達が、信仰とジハードの深い結びつきを否定するような偽善をやめ、ムスリム世界の指導者達に直言し、宗教上の改革を実施するように求めなければならない。第2はムスリム指導者達の仕事である。この10年インターネットでジハーディストイデオロギーが拡散している。ジハーディストのインターネット使用の禁止法令を導入しなければならない。彼等はすべての団体の言い逃れを無視しなければならない。つまり、言論の自由にそぐわないといった言い訳である。言論の自由は、信仰をベースとした煽動を含め、殺人教唆を許さない。彼等は、ジェノサイド禁止協定を尊重すべきで、インターネット会社が民主々義諸国の法律を嘲笑することを許してはならない。インターネットのジハード煽動一掃戦略については、次を参照。

MEMRI Daily Brief No. 126, An Internet Clean Of Jihadi Incitement – Not Mission Impossible, May 1, 2017.

付録 ハナディ・ジャラダットの遺言

次に紹介するのは、ハナディ・ジャラダットの遺言≠ナある。本人は2003年10月4日、ハイファのマキシム・レストランで自爆テロを行なった本人である(このテロで19名が死亡60名が重傷を負った)。この遺言≠ヘ次のイスラムジハード・ウェブサイトに掲載された。

http://www.qudsway.com/Links/Jehad/7/Html_Jehad7/hinadi/hinadi2/hinadi_qudsnet_003.htm

ハイファ作戦の殉教者ハナディ(ジャラダット)が残した遺言である。

慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において。人間の主、我等が主ムハンマドに祈りと平安を。アッラーの祈りと平和がありますように。

気高き方は(コーランで)言われました。「アッラーの御為に殺された人達を、決して死んだものと思ってはならない。彼等は立派に神様の御傍で生きている」(コーラン第3章169)と。まことアッラーの御言葉は真であります。

家族よ。世界の造り主が聖典で「忍耐強く堪えている者共には喜びの音信をあたえてやるがよい」(コーラン第2章155)と我々に約束されたように、必ず報酬があります。アッラーは与えた試練に耐えた者に天国を約束されているのです。天国に住むのは如何に素晴らしいことでしょう。

従って、私の犠牲には、必ず慈悲深く気高き方の報酬がある。私はいつも聖典コーランの御言葉を信じてきた。天国の川へ行きたくてたまりません。私は栄光に包まれたアッラーの御尊顔を拝したくてたまりません。アッラーが我々に御導きを賜って以来、これを希求してきたのです。

私の愛する者達よ。私は審判の日に(天国行きの)許しを得ておきたいと思います。私は自分の意志でこの道を選びました。アッラーが私に殉教の時を授けられる迄、正々堂々この道を進みます。殉教は誰にでも与えられものではありません。アッラーの好意に浴する者だけです。アッラーがその名誉を授けられたといって、悲しみますか。私の殉教を勘定に入れ、来世でアッラーの報酬があることを期待して下さい。そして、「アッラーにまさる力と勢力はない。私達はアッラーの御傍にあります。我々が戻るのはアッラーの許です」と唱えて下さい。

我々は全員が死ぬ運命にあり、この地上で永遠に生きることはありません。しかしながら、利口な人はアッラーの御召に応えます。ここは殉教の地です。我々は殉教のために、ここに生きているのです。それでおそらく我々は、近年堪えてきた不法を除去できるでしょう。

私は、自分がパレスチナを回復しないことは、判っています。しかし、これはアッラーに対する私の義務なのです。私の信仰の掟を信じて、私は御召に応えるのです。アッラーが私そしてこの道を進む者全員に約束されたものを見つけるでしょう。そうです。アッラーが約束された楽園、我々が永遠に生きる園です。

これを信じている私が、瞬時に過ぎる現世の誘惑を受入れるわけはありません。私の魂が既に万能の王に帰属している時、現世に生き続けることはできません。私の願いは只一つ、アッラーの栄光を見るようになることです。それはアッラーの地アッラーの教えであります。彼等はその光を消したいのです。我々には判っています。

従ってアッラーの教えに対する私の義務は、それを守ることであるます。私には自分の体以外にない。私はこれを無数の破片に変え、我々を我々の地から根こそぎしようとする者を撃つ。我々に死の種をまく者は、死を受ける。

我々は、強力な存在になる計算からすれば、まだ弱い。しかし我々には信仰がある。我々の信念が、主と我々の地との契約を新たにしてくれる。我々の戦争は、信念と存在の戦いであり、境界線をどうするのかの戦いではない。

私の愛する父へ。私の願いを称え、私の犠牲でアッラーが来世であなたに報いられることを期待して下さい。天国行きで私を助けてくれた人には、(天国行きの)許可を得ておきます。父よ、私を墓に入れて下さい。そして、私の犠牲でアッラーが来世であなたに報いられることを、期待して下さい。我々はアッラーに帰属し、アッラーの許へ戻るのです。

私の愛する母へ。私にいつも与えて下さった母を愛しています。これからも頑張るよう、アッラーが見守ってくれますように。私の犠牲でアッラーが来世であなたに報いられることを期待して下さい。私は、ファディ、サリー、アブダル・ラヒムなどアッラーが側にいるように選ばれた人々とこれから一緒になります。私の犠牲でアッラーが来世であなたに報いられることを期待して下さい。そして言って下さい。アッラーが、私の行為で補償し、私の行為に報い、良き報酬を与えられますよう、唱えて下さい。

私はすべての人に(私が不快感を与えたことに対し)、許しを乞います。私自身は、既にすべての人を許しています。次のお願いがあります。ジャラシの洋品店に50ディナール、ガバディアの例の所へ100ディナールを払って下さい。そして私の魂のため10ディナール献金して下さい。忘れていましたが、ヨルダンで数ピアスタの借金があります。そして、アッラーの慈悲と赦しと平安がありますよう、私に代って祈って下さい。私の両親、いつも共にありますように、天国の園で再会するまで、さよなら。

アッラーは言われた。「現世を棄てその代りに来世を得ようと志す者は、大いにアッラーの道のため戦うがよい。アッラーの道に戦う者は、戦死しても凱旋しても、我等がきっと大きい褒美を授けてやる」と(コーラン第4章74)。

※1 ハディース(伝承)によると、これはムジャヒディンの責務のひとつとされる。次を参照。

Rudolph Peters, Islam and Colonialism: The Doctrine of Jihad in Modern History (Religion and Society, no. 20). The Hague and New York: Mouton Publishers, 1979, pp. 11, 12, 18.

※2 サウジの改革派アル・ハマッド(Turki Al-Hamad)も、2015年7月13.14日のテレビ放送(Rotana khalijiyyaTV)で、同じ主旨の話をした。

アル・ハマッド どのイスラム集団でもよいが、いずれも自分達の第1の目的はカリフの統治の再建と主張しています。カリフの統治は昔の話、過去の歴史です。もう終ってしまったのです。

インタビュー者 再現は不可能ということですか。

アル・ハマッド 不可能です。マレーシア、サウジ、エジプトをひとつにまとめようとしても無理です。絶対的権力を与えてカリフを押しつけることはできません。不可能です。受入れを拒否します。イスラム集団は、カリフの神話と共に生きているだけです。神話と言いましたが、起きないからです。結局のところ、彼等は現実という煉瓦の壁に頭をぶっつけているだけです。国民国家が基礎なのです。その国を安定化し繁栄させる。そしてその国が国民の権利を守るなら、それは模範的な国になったと言える。各国がそれぞれ自国の課題に焦点をあてるなら、世界は美しい所となる。しかし、各国が自分の模範を世界に押しつけようとすれば、混乱が生じる。今のイランがそうです。本人の主張は次を参照。

MEMRI TV Clip No. 5013, Saudi Author Turki Al-Hamad: Our Youth Are Brainwashed; We Must Dry Up ISIS Ideology at the Source, July 13-14, 2015.


 

 

すべての翻訳の著作権はメムリが所有する。
記事の引用の際は必ずメムリの名前を記載すること。

著作権に関する問い合わせはここをクリックして下さい。

ウェブサイト開発: WEBstationONE, ウェブホスティング: SecureHosts.
Copyright © 2001, 2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008, 2009, 2010, 2011, 2012, 2013, 2014, 2015, 2016. All Rights Reserved.