メムリ(MEMRI) - 中東報道研究機関 緊急報告シリーズ
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THE MIDDLE EAST MEDIA RESEARCH INSTITUTE

緊急報告シリーズ


 
Special Dispatch Series No 141 Dec/8/2017

成立不可能な世紀の取引
―妥協を拒む組織と人間―

ゼーブ・ベギン*

イスラエルとPLOの間に世紀の取引≠ヘ仲介可能であろうか。なかには、既に手の届くところにあると考える人もいる。イスラエルとPLO間の和平交渉に以前かかわっていたシャウル・アリエルは※1、取引レシピを最近発表した。それは、2008年アナポリス交渉で提示された条件をベースとし、双方の基本的利害に合う妥協≠ナある。現実場面でいろいろ徴候があるにも拘わらず、PLOとイスラエルの間に正式の平和協定が結ばれて、この特異な紛争に決着がつくという話が、独り歩きしている。裏庭で首なしの鶏が歩きまわっているようなものである。思考は消滅し、反射だけが生きているわけである。

その2008年をふり返ってみよう。その年PLO指導部は条件≠3回も拒否したのである。2008年9月中旬、アッバス議長はオルメルト首相の気前のよい提案を拒否した。同じく11月、アメリカのライス国務長官がオルメルト提案を受入れた旨連絡を望むとしたのに、アッバス議長はその要請を拒否した。そして12月、ブッシュ大統領が大統領執務室で1対1で対面し、アッバス議長にその提案の受入れを懇願した時、アッバスは再び拒否した。ライスは回想録(No Higher Honor, 2001)で、「パレスチナ人は強情で、構想は消えた」と書くのである。

昨年、PLO議長アッバスは、悪名高いPLO憲章にしがみつき、国連総会(2016年9月21日)で、「札つきのバルフォア宣言で、イギリスは何の権利もないのに、権限もなく他者との同意もなくパレスチナの地を他人にやった。これが、パレスチナ人民にナクバ(災厄)の道を開き、パレスチナ人民は土地を追われ離散の道をたどる」と言った※2。

この発言の政治的意味は明確である。第1、パレスチナは唯一合法的な所有者から強奪された。第2、パレスチナアラブ人は、換言すればPLOは、全パレスチナに対する独占的主権を有するというイデオロギーを抱き、その基本的主張に固執している。第3、オスロ合意におけるイスラエルの政治的認知を口にしたり、イスラエルの存在権≠フ受入れを表明していても、ユダヤ人国家の受入れを拒否していれば、この基本的主張とは矛盾しない(ユダヤ民族の民族国家を認めることは、パレスチナに対するユダヤ人の権利を認めることになるので、これは絶対拒否する。2016年の第7回ファタハ総会でも、はっきり拒否した)。従ってPLOは、イスラエルと平和条約を結ぶことができず、結ぶことも拒否してきたのである。結んでしまえば基本的な主張の終り≠ニなり、パレスチナにおけるユダヤ人の主権を許してしまうからである。

この立場は、外交上まことに奇妙である。そこでPLOは別の問題を強調して、これを糊塗する。つまり、パレスチナアラブ難民問題である。PLOが満足し、すべての主張の終り≠宣言するに足る合意の一環として、果して何名の難民の帰還≠ェ許されるのか。イスラエルの政治家や研究者のなかには、その数字を推定する人もいる。2008年、時の首相エフード・オルメルトは、数千名の受入れを提案したが、PLOは拒否した。シャウル・アリエル博士は、「これにはパレスチナ側の公式の立場がある。それによると、イスラエルへ戻るパレスチナ人の数はーイスラエルの同意のうえであるが、5万から10万である」と主張した※3。モシェ・マオズ教授は、2008年にアッバスがオルメルトに15万の数は提案した、と述べている※4。イスラエルの平和運動家ウーリ・アブネリは、PLOが満足するマジックナンバーは25万と示唆した※5。

数字についての論議は不毛である。何故ならば、基本的前提条件で一致できないからである。シャウル・アリエルは、自分の書いた記事のなかで、「難民問題の記述に関する合同(イスラエルーPLO)定式が必要」と指摘している。この必要がみたされたことはない。相当な努力にも拘わらず、合同定式≠ヘ捉え難いもので、みつけられないのである。アブネリは、PLO幹部達と永年に及ぶ話合いの後、最近その必要定式について触れ、「(イスラエルへの帰還権の)原則は、否定できない。その権利は個々の難民に所属する。それは国際法をよりどころとする。それは神聖である。将来イスラエル国とパレスチナ国の間に平和条約が結ばれる場合、その条約に、イスラエルは原則として、全パレスチナ難民とその子孫の帰還権を受入れるとする条項が含まれなければならない。如何なるパレスチナ人指導者といえば、そのような条項のない条約に調印することはできない」と述べた※6。パレスチナ人からすればその通りであろう。しかし、如何なるイスラエル人指導者といえども、このような条項を含む条約に調印できないことも真なのである。

最近アッバスは端的に主張している。カイロレビュー誌で、「我々は、イスラエルに対する主張に決着をつけるためには、700万のパレスチナ難民※7に対し、すべての難民の選択をベースとする、公正な解決がなければならぬことを、繰返し述べる」と書いた※8。西パレスチナには100万を越えるアラブ難民が住んでいる。かつて住んでいた村からすぐの所である。アッバスの言によれば、その彼等の唯一可能な解決≠ヘ、数キロ先の元の村に戻るか、財政的補償を得るかの選択権の行使しかない。この信念を体現しているのが、ベツレヘムのアル・アイダ難民キャンプの通用門である。名前は、帰還する人≠意味し、帰還を象徴する大きいカギが、門の上に架けられている。帰還権≠フ行使は、すべての難民の個々の選択をベースとする≠フであるから、PLOの長期構想といえるが、そのPLOは、この権利を縮小する協定を難民に代って調印する権限がない、と主張する。

この原則は、2000年のキャンプデービッド交渉が崩壊した数日後に、アッバスが強調している※9。彼は、「パレスチナ代表団は、帰還を認められるパレスチナ人の数の明示を拒否した。たとい相手が難民300万の帰還を提示しても、(我々は拒否する)、我々が彼等に言った通りである。我々は彼等にその原則を受入れさせたいからである。その上で、難民の帰還と帰還を望まぬ者に対する補償に関して協定を結ぶ」と言った。それ以来何も変っていない。今だにPLOは、難民の帰還♀当は受入れられないと主張している。よって、難民問題がほぐされることはなく、究極の平和合意への道は、遮断されたままである。

この特異な紛争の特殊な事情が、ユニークな政治的結論をもたらす。即ち、イスラエル政府の構成がどうなっても、イスラエルとPLO間の平和協定は生まれない。それでは将来どうなるのであろうか。答の一部は、2016年にパレスチナ自治政府が発行した教科書にある。例えば第11学年の教科書で、生徒は次のように教わる。「グリーンライン。これは、1967年の戦争後地図上に引かれた想像上の線。イスラエルが1948年に占領したパレスチナ領と、1967年に占領したパレスチナ領を区別するために引かれた」。

更に第3学年で児童は次のことを学ぶ。「大声で歌い、しっかり覚えよう。私は誓います。私は、気高い人々の大地を潤おすため私の血を捧げます。私は離散しここに来た異人を撲滅します。おお、エルアクサ(モスク)と聖所の地よ、おお、誇りと栄光の生まれた地よ、今は我慢して、勝利は必ず私達のもの。暗い闇にも暁がきて、闇から輝きが現れます」※10。

主張の終り≠明言しない敵国同士の協定は、過去にいくらでも破られてきた。この条項を欠く平和協定には、責任ある人間なら誰も調印する気にならないだろう。この条項は不可欠である。恒久の平和協定と暫定合意の境目はここにある。1949年の休戦協定或いはオスロ合意の場合、合意のパートナーはまだいろいろな願望や計画を抱く。この違い、即ち境目は小さいものではない。妥協を最終的なものとして受入れるかどうかである。そのようなものを欠く場合、当事者としては、相手に本当の平和を求める気持ちが熟しておらず、戦争再開の機会をうかがっている、と結論せざるを得ないのである。

イスラエル政府は、その政党構成が如何なるものであれ、双方の主張に決着をつけることを宣言した条項を含まないのであれば、PLOとの平和条約≠ノ調印できない。そのうえで我々は、イスラエルとの合意の一環としてPLOが何故そのような条項を含めないのか、を考えるわけである。

状況は極めて明確である。PLOは、ハマスが存在してもしなくても、如何なるイスラエル政府とも平和条約を結ぶことができない。この結論が、イスラエルとその友邦諸国の現実的政策のベースとなる。

*本記事は、10月にハアレツ紙が主催した「パレスチナ・イスラエル間の恒久平和の合意チャンス」に関する討論の後書かれた。ゼーブ・ベギンは元科学・教育相。

[1] Haaretz (Israel), October 4, 2017.

[2] Maannews.com, September 23, 2016.

[3] Haaretz (Israel), October 4, 2017.

[4] Haaretz (Israel), October 17, 2017.

[5] Haaretz (Israel), October 17, 2017.

[6] Haaretz (Israel), October 13, 2017.

[7] 2016年9月の国連総会で、アッバス議長はパレスチナ難民の数は600万と述べた。

[8] Thecairoreview.com, Nov 2, 2017. 次を参照:MEMRI Special Dispatch No.7169,カイロレビュー誌でアッバス議長は、バルフォア宣言発表100周年に際し、パレスチナ・イスラエル紛争の最終解決には、パレスチナ難民をもとの所に戻すため国連決議194の履行が必要と述べた。2017年11月8日。

9 .Al- Ayyam (PA) July 30, 2000

[10] Center for Near East Policy Research (cfnepr.com),


 

 

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