メムリ(MEMRI) - 中東報道研究機関 緊急報告シリーズ
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THE MIDDLE EAST MEDIA RESEARCH INSTITUTE

緊急報告シリーズ


 
Special Dispatch Series No 1566 May/30/2007

イランのホロコースト否定テレビ・シリーズ

MEMRI(中東報道研究機関)は今日、アラブとイランのメディアのホロコースト(ナチスによるユダヤ人大虐殺)否定に関するイベントを米連邦議会で主宰した。スポンサーは二人の下院議員、スティーブン・ロスマン(Steven Rothman)議員(民主党、ニュージャージー州)とエリック・カンター(Eric Cantor)議員(共和党、バージニア州)だった。イベントのプログラムには、米国務省反ユダヤ主義特別使節グレッグ・リックマン博士(Dr. Gregg Rickman)、米国ホロコースト記念博物館展示部の歴史家ダニー・グリーン博士(Dr. Danny Greene)、MEMRI総裁イーガル・カーモン(Yigal Carmon)らが参加した。

MEMRIの反ユダヤ主義文書化プロジェクト文書館の広範な資料が、このイベントの基礎資料となった。この反ユダヤ主義文書化プロジェクトは、過去10年間に翻訳した反ユダヤ主義に関するアラビア語とペルシャ語資料の最大の文書館を保有する。同文書館には、アラブとイランの数千ページに及ぶ新聞記事の翻訳やMEMRIテレビ・プロジェクトの数百時間の撮影フィルムが収められている。

イランの、2006年10月から2007年1月にかけ13回に及んだテレビ・ドキュメンタリーシリーズ「神話の商人」の翻訳部分が西側で初めて紹介された。このシリーズでは、悪名高いホロコースト否定論者、フランスの作家ジョルジュ・ティール(George Thiel)やフランス人リビジョニスト(歴史修正主義者)の歴史家ロベール・フォーリソン(Robert Faurisson)などが特別出演した。別名ジルベール・デュブリュイユ(Gilbert Dubreuil)のティールは、フランスでホロコースト否定の罪で訴追されている。

このクリップはでhttp://www.memritv.org/search.asp?ACT=S9&P1=1424

で見ることができる。

以下は、イランのテレビ、チャンネル4で放映された、このシリーズの抜粋である。

「神話の商人たち」20061020日放映

ホロコースト記念日は「イスラエル政権がヨーロッパ人に許しを乞わせる格好の機会である」

プレゼンター:「真実の御名において、また真実を暴く者の御名において、親愛なる視聴者よ、ようこそ。辛らつな現実だが、支配者や政治家は頻繁に歴史を利用する。過ぎ去った日々の連続を知識人や哲学者は『歴史』や『歴史学』と呼ぶが、それは人間の思考の中で最も議論の多い分野のひとつだ。人間の歴史は、それが人間の意識からペンに流れる時『書かれた歴史』として知られることになる。そして、歴史を書く人の意識が哲学的、政治的、人種主義的な動機と混じり合う時、その歪曲が発生する。ことのことは、歴史の著述が政治的利益と人種的優越性の獲得を目的とした政治上の道具になる時、一層真実となる。また、このことは、第二次世界大戦を含め歴史上極めて頻繁にことだ」

ナレーター:「シオニスト連中は毎年1月27日、多くのユダヤ人が殺害されたと(シオニストが)主張するポーランドのアウシュビッツ強制収容所を含め、世界のさまざまな場所で記念式典を行う。この記念式典は、イスラエル政権が起きたと主張していること(ホロコーストの意)を口実に、同政権がヨーロッパ人に許しを乞わせる格好の機会となっている。

「このうさんくさいイベントは、シオニスト政体(イスラエルの意)の占領地における(パレスチナ人への)抑圧政策に、これら諸国がどう対応するか(決めるにあたり)大きなインパクトになっている。また、いったんシオニスト分子が「ユダヤ人600万人の犠牲」という数字を作り出すことに成功すると、次に、それを強化し、宣伝するプロセスが始まった。

「19世紀、プロパガンダの重要性とメディアの使用を認識したシオニストはアメリカのメディア企業の大半の所有権獲得を開始した。(この結果)今日、新聞の70パーセントが人種主義者であるユダヤ人の銀行家の手中にある。最大のシオニスト資本家のひとりロバート・マードックは毎日(日刊紙)300万部を発行し、また毎週(週刊誌や週間紙)400万部を発行している。アメリカのテレビ局の所有についてもまったく同じことが言える。最も人気のある大手テレビ局NBC、CBS、ABCのトップ7人はシオニストである」

「ハリウッドはホロコースト作品を製作し、配給する巨大なマシーンである」

「さまざまな芸術のうち、映画が人種主義者であるユダヤ人の関心を引いた。なぜなら、映画は広く普及しており、また、人に訴えかける力を持つ。ユダヤ人は映画をひとつの道具として使用する。彼らの虚偽の、想像上の、架空の物語を世界のさまざまな人々の思考と感情の中に注入する道具だ。こう主張するには理由がある。映画会社の全てが、米国ユダヤ人の人種主義組織『米国ユダヤ人会議』に強力な繋がりを持つユダヤ人の所有になったからだ」

フランスの歴史家ジョルジュ・ティール(Georges Thiel)、別名ジルベール・デュブリュイユ(Gilbert Dubreauil:「ハリウッドはホロコースト作品を製作し、配給する巨大なマシーンである。『シンドラーのリスト』といった映画の大半は、この(ホロコーストという)神話を広げるために創作される」

ナレーター:「ユダヤ人に加えられたホロコーストとその他の不正の物語について、ハリウッドとヨーロッパ映画産業は1500本を超す台本を著作し、数百のドキュメンタリーを製作した。それらは(ユダヤ人の)虚偽のプロパガンダの一部にすぎない。ハリウッドのリーダーたちは、こうした歪められ、誇張された映画を製作する時、自分たちの政治目標の表現と、シオニスト政権の目標強化を図っている」

「映画『夜と霧』には、ロシア人と連合軍、それにナチスの文書館から入手した写真とフィルムが使われている。アラン・レネ(Alain Resnais)は(映画製作時の)アウシュビッツのカラー撮影を、戦争の最後の日々の同収容所のオリジナルなモノクローム撮影と対照的に使った。これは、アウシュビッツでどんな事態が実際に起きたのか示すためであり、それを、今日のその場所のこぎれいで快適な様子と対比させるためだ。今日のカラー撮影は活き活きとして魅力的であり、一方、モノクローム撮影は死と破壊と捕囚を描き出す」

「アウシュビッツ収容所(の模様)が詳細に描かれている。囚人たちの兵舎とカポーー収容所を担当する非ドイツ人――の兵舎を含め、収容所の人々の上下関係、そして火葬場、ガス室、囚人の臓器から石鹸を製造した場所などなどだ。

「アラン・レネは、火葬場とガス室におけるユダヤ人虐殺をできるだけ悲劇的に描こうとした。しかし、この映画が誇張されていることは、歴史に興味を持ち、物事の判別ができる観客なら誰でも容易に識別できる」

「この映画の最終シーンは、囚人の死体の山を映し出す。また、やせ衰えて弱々しい生存者の、苦痛と意気消沈した表情を映す。(しかし)入手した文書によると、1944年ドイツとポーランドで発生したチフス、および、アウシュビッツ収容所を含めた地域の飢餓と物不足で、数千人が死亡したという。映画の主張とは逆に、死体の全てはチフスで死んだ囚人で、ガスを吸い込んで死んだのではなかったのだ。また、入手した文書によると、これらの死体には致死的なチフス・バクテリアが充満しており、病気の蔓延を防ぐため、これら死体は所持品と一緒に焼かれたという。

「この映画で映されたガス室は、通常の部屋に過ぎなかった」

「彼らがこれらの偽りの根拠にしたのは、靴や髪の毛といった本物に見える物品だった」

ロベール・フォーリソン(Robert Faurisson)教授、フランスのリビジョニスト歴史家:「アウシュビッツを訪れると、この場所と、個人の持ち物の写真を見せられる。写真には『これは死体の遺物である』との説明が付いている。彼らはわれわれに『これらの靴は、ガスで窒息した人々の持ち物だった』と言う。あるいは、展示されている髪の毛はガスで窒息した人々のものだったと主張する。また眼鏡やその他の所持品を見せてくれる。しかし、これらは全てがまったくの偽りである。第二次大戦中ヨーロッパを含めた世界中の全ての強制移送収容所では、あらゆる種類の物資を原料としてリサイクルしなければならなかった。ヨーロッパは戦争の間、経済包囲下にあり、こうしたリサイクルは必要だった。ヨーロッパでは、皮革を含めあらゆる物資が欠乏した。したがって、彼らは新しい靴を作るために、使用されていない靴を集めリサイクルせねばならなかった。残された髪の毛については、お知らせできることがある。第二次大戦中、フランスでは一週間に二度、理髪店から髪の毛を集め、黒いドレスや快適なスリッパなどを縫うために使ったことだ。指摘しなければならないのは、彼らがこれらの偽りの根拠にしたのは、靴や髪の毛といった本物に見える物品だったことだ。これらは、ガスで殺害された人々が残したものだと彼らは主張できた。ナイーブで愚かな旅行者は少しでも疑うことなく、これらの主張を受け入れ『なんと恐ろしいことか』と言う。しかし、実のところは、彼らが目前に見ているものは大きな偽りなのだ」

ナレーター:「(ドイツの)ベルゲン・ベルセン収容所では、イギリス人が兵舎とテントの中で死体を発見した。これらの死体はチフスや他の病気で死亡した人々だった。その後、新聞記者とカメラマンたちが殺到し、これらの恐ろしいシーンを撮影し、写真に撮った。たとえば、『夜と霧』の特別なシーンのひとつに、一台のブルドーザーが複数の死体を大きな穴に押し入れるシーンがある。このブルドーザーはイギリス軍のもので、同軍の一人が運転したものだった。しかし、映画の製作者は、この作業を行ったのはドイツのブルドーザーだと多くの観客が思うようなやり方で、それを映し出した」

「英国内務省の映画部部長は・・・常に、自分の判断で、また、ユダヤ人の政治目標に従って映画を製作した」

「注目すべきことは、戦争末期とその後の英国内務省映画部の部長がシドニー・ルイス・バーンステイン(Sidney Lewis Bernstein)という名前のユダヤ人だったことだ。彼は常に自分の判断で、また、ユダヤ人の政治目標に従って映画を製作した。このことはきわめて重要だ。というのも戦後の数年間、ドイツ、イタリアの映画産業は停止し、またある程度フランスの映画産業も停止したからだ。ドラマやドキュメンタリーを制作していた、これらヨーロッパの国は当時、ヨーロッパの他の場所にカメラマンを派遣する余裕がなかった。このことは、ルイス・バーンステインといったイギリスのユダヤ人にとって、自分たちの政治的、文化的目標に従って他の国にカメラマンを派遣する格好の機会となった。

「例えば、ユダヤ人のバーンステインが製作した映画のひとつに、ドイツ軍とホロコーストに関して多くの歪曲の混じった映画がある。ヨーロッパとアメリカのメディアは、この映画をできうる限り利用し、収容所の死体と、病気の、また瀕死の人々を世界に見せた」

ロベール・フォーリソン教授:「ことは、ホロコーストが実際に起きたと証明することでシオニスト政体(イスラエル)が何を得るかということだ。その答えは明々白々だ。シオニスト政体は全ての戦争で人々が苦痛を味わい、虐げられると信じる。と同時に、ユダヤ人は歴史を通じて最も虐げられ人々であること、追放の被害にあった最大のグループであること、しかも、実に恐ろしいことだが、“死とガス室の産業”を経験した唯一の人々であること、そして600万人の同胞を失ったーーと信じている。こうしたことが、イスラエル(国家)の樹立の口実であり、理由なのだ。

「第二次大戦の後、ユダヤ人は大量殺人とガス室の被害を受けたと主張し、ユダヤ人のパレスチナ入植に全ての国家が同意すべきだと語った。その後、ソ連、フランス、イギリス、アメリカや、他の国々がこう宣言した。『戦争で大きな苦難を経験し、虐げられたユダヤ人には、パレスチナに入植する権利がある』と」

「神話の商人」20061119日放映

「スピルバーグは(映画「シンドラーのリスト」を)第二次大戦の文書館に残る撮影フィルムに似せようとした」

プレゼンター:「ハリウッドとして知られる(アメリカの)娯楽産業は全体として、人種主義者のユダヤ人が取り仕切っている。彼らは世界のシオニズムとイスラエル政府の政策を公然と支援してきた。現在もそうだ。コロンビア、メトロ・ゴールドウイン・メイヤー、パラマウント、20世紀フォックス、ユニバーサル、ワーナー・ブラザーズといったハリウッドのトップ企業は、このグループが創設したものだ」

〔・・・〕

「広範なパブリシティー・キャンペーンの後、著名なハリウッドの映画監督スティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)が映画産業による最も有名なホロコースト告発映画のひとつを製作した。1994年のオスカー賞、ハリウッドの『マン・オブ・ザ・イヤー』賞、多くのスタジオを持つ巨大な映画会社の設立の機会。これらは、ハリウッドを支配する政治家たちが『シンドラーのリスト』を製作した恩賞としてスピルバーグに贈った一部だ」

〔・・・〕

「スピルバーグは自分のことをホロコーストの第三世代の生き残りと見なしている。彼は、死の収容所で、親戚の一部を失ったと主張する。映画『シンドラーのリスト』は、このタイトルの小説を原作としている。この本について興味深いことがある。最初の版の、最初のページに『シンドラーのリストのプロットは想像上のものであり、作り話だ』と書いていることだ。しかし、その後の版では、この肝心な文章は除かれた」

ナレーター:「スピルバーグはモノクロームの写真を使うことで、この映画を第二次大戦の文書館に残された撮影フィルムに似せようとした。めったに使われないテクニックだ。言い換えれば、この監督が最も重要とした目標は、想像上のプロットをリアルな言葉に置き換えることだった。政治的かつプロパガンダ作品のための基礎資料を用意するためだ。

「この写真のテクニックを使用すると、観客の中には自分たちが歴史上の現実を見ているという印象を抱く。これはまさに、ホロコースト・ドラマの監督たちが目指すものだ。

プレゼンター:「『シンドラーのリスト』のモノクロームのシーンはきわめてリアルだ。スピルバーグの美術センスによるものだ。もっとも、これを上回ってリアルな映像がある。さまざまなテレビ局が連日写し出している、パレスチナ人の子供、婦人、男たちの殺害のドキュメンタリー映像だ。

(パレスチナ人の苦難の連続した場面がモノクロームで写し出される)

「彼らは証明や証拠がない時に映画を作る」

ジョルジュ・ティール:「ハリウッドは、ホロコーストに関する映画製作の無尽蔵の、際限のない源である。繰り返すが、彼らは証明や証拠がなんら存在しない時に映画を作る。たやすく騙される人々がおり、彼らはテレビを見て、これらの映画が真実だと信じて『はい、彼らが人々をどんなふうに焼いたのか、私はテレビで、私自身の目で見ました』と言う。彼らは真実と偽りを混同していると言える」

「このホロコースト映画は、火災に遭ったシナゴーグを映し、これはドイツ人の所業だと言う。人々はこれをあっさりと信じる。このことは今も続いている。数日前、フランスのチャンネル5は『シンドラーのリスト』を放映した。この映画は、戦争で被害を受けたユダヤ人失業者を自分の工場で働かせたドイツ人の話だ。この映画では裸の女性がガス室に向かって歩き、そこに入る姿が写し出される。現場で監督しているドイツ人は笑っていた。人々はこの映画を観ると、『これらのことは実際に起きたことだ。私たちにはわかる』と言う。

「彼らがアウシュビッツと第二次大戦の他の収容所を描き、また、これら収容所で起きた殺害や拷問を描くと、人々はいくつかの解釈と分析を思い描く。たとえば、「はい、私は子供たちが大声で泣き喚くのを見ました」と言う人々がいる。彼らは、これらのシーンのすべてが本物で、自分たちが当時に連れ戻されたように考える。また、彼らは、これらの映画が現実を再演していると信じる」

〔・・・〕

ナレーター:「ユダヤ人迫害はユニークだとスピルバーグは主張する。ホロコーストとユダヤ人に係わる映画の他の監督たちも同様だ。また、ユダヤ人はそのユニークさから、世界のあらゆるところで、他の人々とは離れて生きねばならないと主張する。

〔・・・〕

「われわれはこう問わねばならない。観客は、このユダヤ人抑圧のユニークさのゆえにユダヤ人のユニークな移住と占領――パレスチナの占領――を認めることになるのか、と。シンドラーがユダヤ人を死から救うために作った工場は、ユダヤ人が第二次世界大戦後イスラエルと言う名前で作った難民シェルターと同一ではないのか。ユダヤ人は死から、また難民としての生活から自分たちを救うためにこのシェルターを必要としたのだ。また、シンドラーがユダヤ人の生命を救うために費やした大量の資金は、アメリカがイスラエルという人種主義政体に与えている際限のないドルに似てはいないか」

「映画の最後で、シンドラーは戦後アメリカで投資を続け、そこで死亡したと紹介される。アメリカのシンドラーの埋葬地が映し出され、彼が生命を救った人々のリストが映される。しかし、『シンドラーのリスト』の著者は、彼のキャラクターが本物ではなく、シンドラーのリストは実際には想像上のものだと書いているのだ。

「世界シオニスト運動の創設者ヘルツルによれば、ユダヤ人の敵は最大のサポーターになるという。ヘルツルは1912年、イギリスの植民地担当国務相に書簡を送って、こう述べた。『あなたを頼りにするのは、懸案が植民地主義者の事柄だからだ。シオニストの事業に対するあなたの支援をお願いする』。ヘルツルの言う事業のエッセンスは、英国政府の後援の下で植民地会社(ユダヤ人国家の意)を樹立することだった」

「シオニストはナチス・ドイツ政権に協力した。というのも、これらのユダヤ人はーーシオニストの意向とは逆にーー自分たちの国に残ることを望んだからだ」

「当初、この占領会社の設立場所は重要ではなかった。ヘルツルがシオニスト体制創設の最初の場所になりうると考えた国にはウガンダ、アルゼンチン、キプロス、マダガスカルがあった。しかし、ヘルツルは友人の進言で、パレスチナこそユダヤ人動員に影響力のあるコード名だと思い至った。彼はパレスチナが持つ強力な伝説を利用したのだ。ヘルツルの主要な目標は統一された国家を形成するため多くのユダヤ人を集めることだった。

「ヒトラーの時代(ヘルツルの)この政策は、ナチス政権がシオニストと協力する結果に繋がった。これにはドイツと隣接諸国のユダヤ人は反対した。しかし、シオニストはナチス・ドイツ政権に協力した。というのも(ドイツなどの)ユダヤ人はシオニストの意向とは逆に、自分たちの文化と宗教が尊敬される、自分たちの国に残ることを望んだからだ。

「旧ソ連政権が1980年代に暴いた一通の書簡がある。これによると、シオニストはヒトラーにこう書き送った。もしナチスがシオニストとの協力に同意するならば、シオニストはユダヤ人に対しドイツを離れるよう指示し、ユダヤ人がドイツに入るのを妨げよう、と。ナチスの指導的理論家アルフレート・ローゼンベルク(Alfred Rosenberg)は1937年にこう書いた。『シオニズムはわれわれの完全な支援を得るべきである。そうなれば、多くのユダヤ人が毎年占領下パレスチナに移送されるだろう』。したがって、彼らは1933年ナチスとの間で、ユダヤ人が占領下パレスチナに移送されるという協定に調印した。後に、シオニストはアメリカのユダヤ委員会に書簡を送り、アメリカのユダヤ人にナチスと協力するよう要求した。

「世界シオニスト運動とゲシュタポの協定に従い、パレスチナに住むシオニストはドイツから農業機器を輸入し、ドイツに住むユダヤ人の財産をその支払いに充てた」

「ヒトラーの時代、もともろのシオニスト団体はナチスと密接に協力し、ドイツ在留を望むユダヤ人を抑圧した。当時、世界シオニスト運動とナチスの治安機関ゲシュタポの指導部が結んだ協定によると、パレスチナ在住のシオニストはドイツから農業機器を輸入し、その支払いをドイツに住むユダヤ人の財産で行った。同時に、パレスチナに移住したドイツのユダヤ人は、パレスチナのシオニスト機関から自分たちの財産の返還を受けた。ヒトラーが権力を掌握した時、なんらかの組織に加盟していたドイツのユダヤ人のうち5%が世界シオニスト運動のメンバーで、95%がドイツ・ユダヤ人協会の会員だった。同協会のユダヤ人はドイツ国籍の保持を望んだ。一方ナチスは、彼らが正しいユダヤ人と見なすシオニストと同盟を結んだ。なぜなら、ユダヤ人がパレスチナに移住することをシオニストは望んだからだ。

〔・・・〕

ジョルジュ・ティール:「国家社会主義者党(ナチス)は長期にわたる基礎固めを経て1933年、ドイツの政権を握った。その年、ユダヤ人組織はいずれもナチスには同意しなかった。しかし、ヒトラーがユダヤ人は自らの国家と国土を持つべきだと言うと、多くのユダヤ人組織がヒトラーに同意した。もちろんのこと、その時、パレスチナとイスラエルのことは全く話題に上らなかった。人々は主として話題に取り上げたのはマダガスカルで、同地へのユダヤ人の入植を語り合った。ドイツはマダガスカルに領土を持っていた。その目的のため、ドイツ人はフランスにマダガスカルを譲渡させたのだ。しかし、残念なことに、戦争勃発後、ドイツ人はイギリスがスエズ運河とアデン水路をコントロールしていることを知った。その結果、彼らにとって(ユダヤ人の)マダガスカル移住は難題となった。したがって、ヒトラーはこう言った。『パレスチナを含め他にも多くの選択肢がある。しかし、私は、ユダヤ人をパレスチナに入植させる責任をアラブ人に負わせるつもりはない』と。彼はアラブ人の隣にユダヤ人を入植させたくはなかったのだ」

〔・・・〕

「最終解決策は存在した。しかし、それは実行されなかった。ナチスは一度として、ユダヤ人を殲滅すべきだとは言っていない」

ロベール・フォーリソン教授:「ドイツ国家社会主義者党とシオニストの考えは一致した。シオニストはユダヤ人が自らの国家を持つべきだと信じた。しかし、どの地域に国家を持つのか。ドイツ人は、ユダヤ人がマダガスカル島やアフリカ大陸の別な場所に入植できると考えた。他のヨーロッパ諸国も全く同じ考えだった。しばらくして、ドイツ人はその解決策を放棄した。そして、ロシアの一角にユダヤ人を入植させることができると信じ、その後、異なる解決策――アルゼンチンが考慮された。また、ウガンダや他のアフリカ諸国に彼らを入植させる考えもあった。最後に登場したのが、ユダヤ人をパレスチナに入植させる解決策だった。シオニストは、この解決策を歓迎した。ヒトラーはある時、ユダヤ人はパレスチナに行くことができると宣言した。しかし、ヒトラーは、その解決策をアラブ人とムスリムの圧力のため放棄した。そして、アラブ人は極めて勇気があり、またパレスチナに深く根を下ろしているからユダヤ人は同地に行くことはできないと語った。当時、エルサレムのグランド・ムフティ(イスラム教大法官)がベルリンに滞在しており、第二次大戦終結まで同地に留まったことは指摘しておかねばならない。

「最終解決策は存在した。しかし、それは実行されなかった。ナチスは一度として、ユダヤ人を殲滅すべきだとは言っていない。また、そうした事態も一度として起きていない。ヒトラーは、ユダヤ人であるというだけの理由で殺戮せよとの命令は出さなかった。第二次大戦中、市民は軍事法廷で死刑判決を受けた。ドイツ政府の兵士や士官は、人を殺せば相手がユダヤ人でも(殺人の)罪で処刑された。ユダヤ人殺害も含め、戦争中に殺害が起きなかったと主張しているわけではない。殺害は実際に起きている。しかし、彼ら(シオニスト)が主張するような殺害ではなかった」

〔・・・〕

シオニストが「助けようと望んだのは、イスラエルという人種主義者国家の樹立のために働けるユダヤ人だけだった」

ナレーター:「シオニストの恥知らずさは、ナチス政権との協力に留まらない。ドイツに留まろうとしたユダヤ人を抑圧してもいる。シオニストはユダヤ人移住者の選別すら行った。人種主義的、軍国主義的目標を達成するためだ。シオニストが助けようと望んだのは、イスラエルという人種主義者国家樹立のために働けるユダヤ人だけだった。

「ベルリンのユダヤ機関の代表が虚弱者には移住書類の発給を(控えている)と、ドイツ人移住者協会は苦情を述べた。世界シオニスト運動の下部機関、ユダヤ機関救済委員会の1943年の記録は、こう述べている。『われわれは支援を必要としている全ての人々を、彼らの個人的な特徴にかかわらず助けねばならないのか。この問題をシオニストの民族的視点から考慮してはいけないのか。大イスラエル(建設)に役に立つ者たちを第一に救ってはいけないのか。この問題をこうした形で提示することは、残酷に思えるかもしれない。しかし残念なことだが、この問題はまじめに検討しなければならない。5万人のうち、国家樹立と民族の再興に役立つ1万人を救うことがよいのか。それとも、社会にとって大変な重荷になる百万人のユダヤ人を救うことがよいのか。われわれは人数を制限しなければならない。役に立たない数百万の移住者はわれわれを非難するだろう。しかし、われわれが救出しなければならないのは役に立つ1万人の移住者だけだ』」

プレゼンター:「ヒトラーの宣伝相ゲッベルスはかつて、ナチスの宣伝方法についてこう言ったことがある。『うそは大きければ大きいほど真実に見える』。ハリウッドの映画製作者たちは誇張を一層リアルに見せようとして、彼らの反ナチスの主張にもかかわらず、ナチスと同じ手法を使っているように見える」

「あなた方が聞いたことは、55年間も続いている歴史的な大きな偽りである」

ジョルジュ・ティール:「私の考えでは、あなた方が聞いたことは、55年間も続いている大きな歴史上の偽りである。彼ら(シオニスト)は、第二次大戦中ユダヤ人の大量殺戮が話し合われ、600万人が囚人収容所で殺戮されたと世界中の人々に信じさせようとしている。(しかし)この殺戮がどこで起きたのか、なお証明されてはいない。

「これらの場所は、科学者や私のような研究者を含め、これまで多くの専門家が調査してきた。(しかし)われわれは最終的に、これら(のガス室)は存在しなかったとの結論に達した。ガス室の存在に言及した文書や別な証拠、また財政的、経済的、行政上の文書も一切存在しない。ユダヤ人の大量殺戮は主として、ガス室で、チクロンBを使って行われたと主張されている。私は文書を研究し、これらの犯罪を確証する証拠を探してきた。しかし、いかなる証拠も発見できなかった。

「実のところ、1985年に提出された『ゲルシュテイン報告(Gerstein Report)』は、この確証の出発点になったかもしれない。ゲルシュテインは(ナチス親衛隊)SSの食料供給担当要員で、囚人収容所の監督者だった。戦後投獄されると、告白の執筆を強制され、ガス室でのチクロンBの使用を認めるよう強制された。この告白に署名した数日後、彼は刑務所の房で殺害された。

「この告白を、アンリ・ローク(Henri Roques)という名前のフランス人技術者が数年間にわたって調査した。この告白の取得方法を、彼は調査した。その結果、ゲルシュテイン報告には7つの異なるバージョンがあると判定した。このフランス人技術者は、最もプロフェッショナルな方法でゲルシュテインの告白は作り事だと暴いた」

〔・・・〕

ナレーター:「ユダヤ人と同盟国が戦後主張した最重要事のひとつは、ドイツ人がガス室でユダヤ人を大量に殺害したということだ。彼らは戦後、これらのガス室が存在したという場所を、その主張の根拠とした。このシオニストの主張は現在、強く疑問視されている。これらの場所の付近で行われた科学者の調査は、これらの主張が偽りであると証明している。アメリカのガス室技師フレッド・シュスター(Fred Schuster)はアウシュビッツのガス室が存在したといわれる場所で実験を行った。彼は、この場所が(ガスによる大量殺戮)目的のために使用されてはいないと証明した。アウシュビッツの壁にはシアン化合物のいかなる痕跡も発見できなかった。

600万人のユダヤ人を殺害するためには、ナチス・ドイツ政権は75年間も存続しなければならなかった」

「シアン化合物の毒は、囚人殺害のために使われたとされるチクロンBの、活性成分のひとつである。シュルスターは、たとえ化学物質や毒が発見されたとしても、600万人を殺害するためには、ガス室で毎週1,693人が殺害されねばならなかった、と主張する。それには68年も掛かっただろう。言い換えれば、600万人のユダヤ人を殺害するためには、ナチス・ドイツ政権は75年も存続しなければならなかった。

「ガス室の構造と装備は、人々を殺害するためには一度も使われたことがないことを示している」

〔・・・〕

ジョルジュ・ティール:「これは簡単なことだ。ニュルンベルク国際軍事裁判は恥ずべき行為であり、真実と呼ぶことはできない。実際、ニュルンベルク裁判は本物の裁判ではなかった。なぜなら、演出されたからだ。ロシア人以外はすべて、西側連合軍の出身だった。(また)ロシアはモスクワで物事を管理していた。政権に反対し、また立ちはだかった人々は、ロシアによって殺害された。もし、これが国際裁判であるかどうか尋ねられるなら、そうではなかったと私は答える。ニュルンベルクは国際裁判ではなかった。なぜなら、設置したのは連合軍であり、勝者が敗者を裁くために設置した裁判所だからだ。私の考えでは、こうした例は現在も存在する。しかし、名前は挙げない」

補償金を得るために、「ホロコーストの被害を受けた人々の数は突然数百人単位で増え始めた」

ナレーター:「労働収容所での出来事の被害に遭わなかった生存者の多くは、囚人になりすました。高額の補償金を得るためだった。これが、ホロコーストの被害を受けた人々の数は突然数百人単位で増え始めた理由だ」

プレゼンター:「ドイツは2000年までに、シオニスト政体(イスラエルの意)とユダヤ人に約6000万ドルを支払った。これらの補償金はシオニスト政体にとって極めて重要だった。シオニスト政体の初代首相ベングリオンは、世界シオニスト機構総裁ナフーム・ゴールドマン(Nahum Goldman)に書き送った手紙でその喜びをこう表現した。『あなたと私は2つの奇跡を経験する喜びを味わった。イスラエル国家の創設とドイツとの協定の調印だ。前者の責任者が私であり、後者の責任者があなたである』」

〔・・・〕

ジョルジュ・ティール:「この虚偽を葬ることができるのは、フォーリソンのような人々だ。彼は極めて善意の人であり、人間を愛している。彼は、薬の開発で人類に奉仕したルイ・パストゥール(Louis Pasteur)と比較できる。フォーリソンもまた歴史的真実を明らかにすることで、人類に偉大な奉仕を行った」


 

 

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