メムリ(MEMRI) - 中東報道研究機関 緊急報告シリーズ
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THE MIDDLE EAST MEDIA RESEARCH INSTITUTE

緊急報告シリーズ


 
Special Dispatch Series No 7033 Aug/8/2017

PMU(イラク民兵上部機構)はイランとヒズボラの盟友、アメリカのイラク駐留に反対
―抵抗勢力側の情報―

3年前、イラクのシーア派指導者アリ・シスタニ(’Ayatollah Ali Sistani)が、IS (イスラム国)に対する共同ジハード(Jihad Kifa’i)を求めるファトワをだした後※1、人民動員部隊(PMU、アラビア語でAl-Hashd Al-Sha’bi)がつくられた。イラク武装民兵の上部機構で、イラクではイラク軍、国際有志連合との対IS共闘で、重要な役割を果してきた。

PMU所属民兵の大半はシーア派で、指揮官達はイランに極めて近いため、イラクはこの民兵がイラク当局の命令に服するのかどうか、ずっと疑問を抱いてきた。実際にはイランにコントロールされている可能もあるのである。この疑問を払拭するため、イラク政府は2014年初め、人民動員委員会をつくった。PMUを組織化し、イラク政府公認の存在にするのである。2016年にはアバディ(Haider Al-‘Abadi)政権が、PMU法を通した。これによって民兵動員部隊は、イラク国軍に組みこまれ、首相の指揮命令に服することになった。イラクの国家安全保障アドバイザーで、人民動員委員会議長のファイヤド(Falih Fayyad)は、PMUがイランに支配されているという話に反論し、PMUに対するイランの支援は、助言≠セけとし、「創設から数ヶ月間PMUはイランから支援をうけた。それでも、これは純粋にイラクの組織である…」と強調した。イランのカッセム・ソレイマニ司令官とヒズボラが、PMU編成に緊密に関与したとの話はどうかと質問され、ファイヤドは「我々は、イランとレバノンの兄弟達から支援をうけた…我々は、この友人達のアドバイスに感謝している」と述べた※2

しかしながら、この一連の声明は、PMU(人民動員部隊)の忠誠心に関する疑惑を払拭していない。PMU指揮官達は、イラン及びヒズボラとの密接な関係を公然と語り、イラクにおけるアメリカ軍のプレゼンス(イラク政府が認めている)に激しく反対している。この関係問題に関する報道が、レバノン紙Al-Akhbarに掲載された。この新聞は抵抗枢軸に近いメディアである。本論では、結びつきに関するPMU指揮官の声明とAl-Akhbarの記事を検討する。


イランのカッセム・ソレイマニ司令官とPMU 戦士達(image: alarabiya.net, June 1, 2017)

イラン、ヒズボラは創隊から我々を支援、外部勢力のイラク駐留は越えてなならぬ一線

PMU指揮官言明

前述のように、シーア派PMU民兵の上級指揮官達は、自分達の民兵に対するイランとヒズボラの支援を、公然と認めている。PMUの副司令官アル・ムハンディス(Abu Mahdi Al-Muhandis)は、同紙のインタビューで民兵隊の編成と訓練に対するイランの支援を誇示し、つぎのように述べた。

「イランは、我々ジハード部隊の編成に貢献した。その発展にも尽した―特にバドール組織にそれが言える。イスラム革命防衛隊(IRGC)は我々を支援し、訓練してくれた。2003年4月にサッダム・フセインが打倒された後、イランはイラクをあらゆる面で―物質上、財政上そして政治上―助けた。2014年、イラク国民が宗教最高指導者(アリ・シスタニ)の呼びかけ(PMU編成)にこたえた後、イランの革命防衛隊が訓練上はっきりした役割を果してくれた」。

アル・ムハンディスは、自分とヒズボラの上級指揮官2名との関係についても語った。ひとりは、ヒズボラの作戦部長イマッド(’Imad Mughniyya)、あとひとりはムスタファ(Mustafa Badr Al-Dein)で、いずれも死去しているが、「抵抗運動(ヒズボラ)で、この2名のほかの人達とも関係があり、それにはヒズボラのナスララ書記長も含まれるが、つき合いは長い。イマッドとムスタファの両名は、1982年にイラク反体制ジハード武装組織を訓練し、2003年には、(アメリカによる)占領に反対する最初の抵抗部隊が生まれたが、これにも支援した…ISとの戦いにおけるヒズボラの関与では、アドバイザーのなかに、死傷者もでている。ナスララ書記長は、イラク(政府)の同意でこちらへ工作員達を送ってくれた」と述べた。

アル・ムハンディスは、PMUがイランとシリアを同盟者とみなし、イラクにおけるアメリカのプレゼンスに反対する、と明言した。更に、テロとの戦いにおいて、近隣諸国と共闘する地域プラン≠ナは、目下イラクがその中心地であると述べ、「前と現在の政府は、アメリカの反対にも拘わらず、シリア支援のため、イラン及びロシア機に領空を開放した。アメリカは、バグダッドがテヘランからダマスカスまで空域飛行帯を開設することに反対し、圧力をかけ妨害している」と言った。

アル・ムハンディスは、イラク政府の決定に従うと強調しながら、イラクにおけるアメリカのプレゼンスに反対し、「我々は、外国軍と外国の治安組織(セキュリティ会社)のプレゼンスにはっきり反対している。彼等が我々のためになるとは思わない。外国のプレゼンスは如何なる形でも全部越えてはならぬ一線≠ナある」と述べた。

同紙は、「アメリカのプレゼンスを認めるイラク政府の決定について、アル・ムハンディスとPMUが従う義務はない」とし、「PMU部隊と米軍部隊の摩擦や対決の可能性は本当に現実の問題である。アル・ムハンディスは、イラクの主権が侵されたなら、この可能性を排除しない」と書いた※3。

テヘランでイスラム・ラジオテレビ放送連盟の総会が開催された際の会議で、アル・ムハンディスは次のように述べた。同じような内容である。

「PMUに対するイランとヒズボラの支援がなかったならば、隊は対IS戦で成果をあげることができなかっただろう…我々はイラクにおける勝利を歓迎し、対IS作戦で我々を支援してくれたことに関し、イマム、(イランの最高)指導者ハメネイ師、ヒズボラのナスララ書記長に感謝する」。

更にアル・ムハンディスは、イラクにおけるプレゼンスを強めるアメリカに警告し、「我々は、シリア・イラク国境をコントロールし、そこを支配ゾーンにしようとするアメリカの計画は、全力を以て阻止する…彼等は、ダマスカス・バグダッド間のルート開設で我々を非難しているが、我々はこのルートを守り、シリア及びレバノンとの結束を強めていく…将来イラクは、対シリア支援で重要な役割を持つようになる」と強調した※4。

PMUの主要部隊のひとつアシュラ隊(Saraya ‘Ashura)の指揮官カゼム・アル・ジャブリ(Kazem Al-Jabri)も、対IS戦で支援してくれたイランに感謝している。ヒズボラのウェブサイトAl-Ahedのインタビューで、「イラクは、イランの支援なしでは勝利し得ない…イランは対IS戦で、治安及び軍事上のアドバイス、政治支援及び兵站支援など、イラクを大いに助けてくれた…」と述べている※5。


カッセム・スレイマニ司令官とバドール隊指揮官アミリAl-AmiriとムハンデスAbu Mahdi Al-Muhandis (image: alarabiya.net, June 5, 2017)

PMUはイラン、ヒズボラと密接な関係―親ヒズボラ派レバノン紙

PMUがイラン及びヒズボラと緊密な関係にあることは、親ヒズボラのレバノン紙Al-Akhbarに掲載された近年の報道でも、明らかである。同紙の理事長イブラヒム・アル・アミン(Ibrahim Al-Amin)は、「イランの敵がこの国と地域の抵抗勢力に打撃を与えようとして失敗した」、「イラクでは親イランのアル・マリキ(Nouri Al-Maliki)首相を排除しても、現実の状況を大して変えることにはならなかった」と書いた。理事長は、「ヒズボラが専門家と工作員をイラクへ派遣した。一方イランは、PMUの編成に必要なものをすべて提供し、活動を支援した」とも述べている※6。

アル・アミン理事長は、ヒズボラに対するイスラエルの脅威について触れた記事で、「ヒズボラは地域全体で相当大きい勢力に成長しているとし、イラクにおける役割について「ヒズボラの軍事及び治安専門家が一番規模の大きい作戦室に常駐している。ナスララ書記長は、PMUの精神的指揮官となり、(イラクにおける)政治行動の大半を指導している…」と書いている※7。

PMUがヒズボラ及びイランと緊密な関係にあることは、2017年7月13日付レバノン紙Al-Akhbarの掲載記事にも指摘されている。PMU創隊3周年とイラクにおけるISの敗北を機とした特集で、対IS戦におけるPMUの役割を賞賛し、「イラクとイラク人民をISの手から救ったのは、この民兵部隊である」とまで言いきった。

同紙の別記事には、「諸派(イラクのシーア派民兵)は消耗しつつあった。しかし、イラン出身の指導者(アリ・シスタニ)は、イランがイラクに力を投入するという戦略的決定をくだした後、この諸派再建に重要な役割を果した。国と人民に活を入れたのである…。PMUの強味は、戦闘隊のイデオロギー上のブレがない点にある。それに秀れた計画と幕僚の仕事が大いに貢献している…イラク政府の同意を得てPMUが導入したイランとレバノンの専門家達は、PMUの編成、訓練、計画立案に、重要な役割を果した…PMU隊員の勇猛果敢な攻撃精神は、最高宗教指導者(アリ・シスタニ)のだしたファトワを契機として、イラク国内にみなぎってきた精神的復興とこのファトワに留意するイラク社会の文化的伝統から、生まれた」とある※8。


2017613日付 Al-Akhbar一面。PMU創設3周年特集「"The PMU –ファトアから国家へ」とある。

しかし、同紙の別の記事では、「PMUは、バグダッド周辺から(イラク)中央部を通り北部そしてアル・アンバルの砂漠へ至る地域でイランの専門家とレバノン(ヒズボラ)の専門家へ支援を得て戦いを続け、途切れることのない勝利の数々を手にした」と支援の重要性を強調した※9。

[1] 共同ジハードとは、ムスリム個人ではなく全体としてのムスリム共同体に課せられた責務。充分な人数が参加すれば責務が果されるとする。

[2] Al-Akhbar (Lebanon), February 9, 2017.

[3] Al-Akhbar (Lebanon), May 23, 2017.

[4] ISNA (Iran), July 4, 2017.

[5] Alahednews.com.lb, March 19, 2017.

[6] Al-Akhbar (Lebanon), January 24, 2017.

[7] Al-Akhbar (Lebanon), July 3, 2017.

[8] Al-Akhbar (Lebanon), June 13, 2017.

[9] Al-Akhbar (Lebanon), June 13, 2017.


 

 

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