メムリ(MEMRI) - 中東報道研究機関 緊急報告シリーズ
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THE MIDDLE EAST MEDIA RESEARCH INSTITUTE

緊急報告シリーズ


 
Special Dispatch Series No 1136 Apr/15/2006

世俗派将官の参謀総長就任阻止に走るトルコのAKPイスラミスト

トルコ関連のMEMRI情報は以下を参照。

http://www2.memri.org/turkey.html

トルコは過去数十年の間に3度軍事クーデターを経験した。しかしそれでも、国軍に対する国民の信頼はあつい。トルコ軍は、ムスタファ・ケマル・アタチェルクの精神を守り、その衣鉢を継ぐ存在、と考えられているのである。アタチェルクといえば、親西側の人物であり、世俗国家たるトルコ共和国の建国者である。

しかし、トルコのイスラミスストの目からみれば、タカ派で実力がある参謀総長の出現は、イスラミズムに対する脅威となる。彼等はトルコを世俗主義からイスラム主導の国家へ変えようとする。このような軍人は、その努力をはばむ勢力とうつる。

2006年8月に就任を予定されている次期参謀長ブュカニット大将(Mehmet Yasar Buyukanit)は、テロリズムに宥和せず、反イスラミストとして知られる直情径行型の軍人である。

昨年から、中傷キャンペーンが始まった。勿論目的は、就任を阻止することにある。

その手始めが、各種サイトを通したブュカニット大将の血統を問題視した誹謗である。つまり大将は、純血の<gルコ人ではなく、その出自はイスラム教に改宗したユダヤ人(サバテアン)であるとし、サバテアンの伝統に従って、大将の娘は血統証明付き<Tバテアンと結婚した、と主張する。大将の家系図をトレースしたサイトもある。大将が本物≠フトルコ人ではないことを証明≠キるためと称して、一族全員の名前と市民権・身分証番号を羅列しているのである※1。このサイトは、「勇気があるなら、ユダヤのドンメー(イスラム教改宗のユダヤ人)でないことを自ら証明せよ」と表題をつけ、大将に挑戦している※2。

サイトを通した攻撃に続いて、2006年3月初旬には、ブュカニット大将を相手どった告訴問題が生じた。PKK(クルディスタン労働者党)所属クルド系前議員の所有する書店が、爆破された事件に関わるものである。事件は2005年9月、クルド族が主に住むセムディンリの町で起きている※3。

この告訴状はワン市の地方副検事長が準備したものだが、名前をサリカヤ(Ferhat Sarikaya)といい、2005年10月にワン市のユズンジュ・ユル大学(Yujuncu Yil University、YYU)学長ユジェル・アスクン教授(Yucel Askin)を監獄へ送った本人である。ちなみにアスクン教授は、イスラミストの学内活動をストップさせたことで知られる※4。

ブュカニット大将告訴は、トルコ政界に嵐を呼んだ。軍部はこの告訴を、イスラミストによるトルコ軍(TSK)に対する攻撃と位置づけ、トルコのイスラミスト指導者ギュレン(Fethullah Gulen)の部下や数名の政権政党AKP(公正発展党)メンバーが関わっている、と指摘している※5。

その後3月23日になって、トルコのメディアはトルコ治安機関情報局長ウズン(Sabri Uzun)の更迭を報じた。セムディンリ事件の背後に軍部ありと匂わせたためである。それから、副地方検事長についても、法務省調査でブュカニット大将を起訴するに足る確固たる″ェ拠はないことが判明した。

次に紹介するのは、本件に関わるトルコメディアの報道内容である。

最初は大学々長、今度は軍司令官

世俗派主流紙Hurriyetのコラムニストジョスキュン(Bekin Coskun)は、3月7日付で次のように書いている※6。

「(AKP)政府と世俗の共和制を守る機関及び思想とのミゾは深まるばかりである。今やその懸隔は一段と鮮明になり、双方の態度はますます硬化し、攻撃も頻繁になってきた。宗教派(イスラミスト)は冷静で柔軟な態度を棄てた。ゲームは終りである…。最初は大学々長、そして今度は、次期参謀総長として就任が予定されているブュカニット大将である。大将に対する非難攻撃は、アタチュルク信奉公務員数千人を政府機関から追放した(AKP政権の)パージと、軌を一にする。矛先が軍の幹部に向けられたわけである」。

3月6日付同紙では、コラムニストのユルマス(Mehmet Y. Yilmaz)が「目的は頑敵ブュカニット打倒にあり」と題する署名入り記事で、次のように論評している※7。

「まず最初に彼等はブュカニット大将一族の人種的出自に冠するウソをばらまいた…そして今度は、ワンの検事問題を攻撃材料にしている。大将が司法に介入しようとしたというのである。セムディンリ事件関与を疑われた一兵士について、大将は私は本人を知っている。いい奴だ≠ニ言った。ところが、本人が犯人かどうかは、捜査によって判明する≠ニいう発言の後段部分が、なんらかの理由で削除されたのである…」。

同じく世俗派主流紙Aksamのコラムニスト コヤタシ(Meric Koyatasi)は次のように書いている※8。

「政府の口から公言されたわけではないとしても、(AKP)政権に近い集団が、ブュカニット大将を阻止しようとしていることは、よく知られている。

この検事は、シャリーア(イスラム法)による学内支配を許さなかったワンの大学(YYU)学長ユジェル・アスクン教授に対する告発で有名である…。

軍のあらさがしをして力をそごうとする勢力があることは、誰でも知っている。その連中は、共和国建国(1923年)以来、秘かに行動し組織化につとめてきた…。イデオロギー、信仰、文化そして教育で染め上がった(司法制度に根づいた)偏見は、極めて、極めて危険である…」。

世俗派紙で中道左派のCumhuriyetでは、コラムニストのシルメン(Ali Sirmen)が「軍に対する政治干渉」と題して、次のように論じている※9。

「AKP政権が、その独自のイデオロギーにもとづいて、トルコを変えようとしており、そのプロセスで軍部をターゲットしていることは、よく知られている…。嘗てヤウス将軍(Kemal Yavuz)は軍はいつも 宗教に存在基盤をおく政権から、目の敵にされる=Aと明言した…。

ここで、奇妙な暗合をいくつかとりあげてみたい。AKP政権は、大学とりわけワンのユズンジュ・ユル大学とユジェル・アスクン学長を心よく思っていない。嫌っている。そこでワンの地方検事サリカヤ(Ferhat Sarikaya)が、舞台にあがって(アスクン)起訴にとりかかる段取りになったわけである。これは大半の司法関係者が拒否したのであった。AKPに近い勢力が次期参謀総長を嫌っていることも、周知の事実である。誰でも知っている。(そこで再び検事の)サリカヤが登場し、ブュカニット大将に対するいやらしい起訴を準備する段取りになったのである…」。

背後で糸を引くAKPとイスラミスト

軍のトップは参謀総長である。就任をはばもうとするのは誰であろうか。セムディンリ事件の起訴が公けになった2006年3月初旬から、トルコのメディアはこの問題をとりあげるようになった。以下その報道概要である。

狂喜するAKPメンバー

AKPメンバーのなかには、ワンの地方検事の(ブュカニット大将)起訴に狂喜している者がいる。彼(地方検事)は調査、検討のため起訴状を参謀本部検察官室へ送った。

アディヤマン選出のAKP議員ウンサル(Faruk Unsal)は、「ワン地方検事によって準備された起訴は、我々が手出しできないことを、やってくれたのである」と言った。

一方、マニサ選出のAKP議員タスジ(Hakan Tasci)は、「我々が未完のままにしていたことを、なしとげてくれた…彼は正しいことをしている」と述べた※10。

AKPとトルコ国軍

トルコの首相エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)は、「本件は軍と司法当局に関わる問題であり、AKPは関係ない」と述べている。しかし現実には、AKP議員達による声明は、いずれも起訴側に立つ内容であり、この地方検事を支持している。ブュカニット大将を相手取った告発に喜びを隠さない。国防軍を傷つけ打撃を与えることであれば、AKPは大いに歓迎するようである。陸軍の軍司令官名が起訴状にだされたのは、議会調査委員会(セムディンリ事件の調査を担当)におけるデアルバキール出身の実業家アルティンダー(Mehmet Ali Altindag)の証言、があったからである※11。この実業家は、同じデアルバキール出身AKP議員トルン(Cavit Torun)の求めにより、委員会で証言したのであるが、同議員は、このアルティンダーがヒズボラとの関与容疑で裁判にかけられた時、弁護士として本人を弁護した人物で、両名は持ちつ持たれつの仲であった。

証言は40人程の目撃者がおこなった。そのなかで地方(ワン)検事はアルティンダーの証言だけをとりあげるように求めた。セムディンリ調査委員会の委員長であるAKP議員サウチオル(Musa Savcioglu)は、他の委員に知らせることなく、この証言を秘かにワンの地方検事に送った※12。

ブュカニット大将捜査はAKPの報復か

1983年、トルコのイスラミスト指導者ギューレン(Fethullah Gulen)率いるイスラミスト組織が急成長し―現在極めて広範囲に拡大している―クレリ幼年学校に80人の青少年達を候補生として送りこんだ。その学校長がブュカニット大佐(当時)であった。候補生達は、将来国軍の基幹になるのである…。ブュカニット大佐を委員長とする5人編成の軍規委員会は、この80人を全員退学処分にした経緯がある。

そこで、ワン地方検事の告発は、1983年の報復であると思わざる得なくなる。AKPによって高位高官の地位を得たギューレン信奉者達の仕返しではないか、ということだ※13。

ブュカニット大将を狙ったギューレン信奉者は、AKPの傘下にある

ブュカニット大将追い落しを望む勢力は、何をもくろんでいるのであろうか。アタチュルクの衣鉢を継ぐ愛国の兵士という誉れも高い大将であるが、その大将のイメージを傷つけ世論を混乱させる。これが狙いのひとつのようである…。

この追い落とし計画は、ギューレン派の日刊紙Zaman、宗教勢力(イスラミスト)と分離主義者のウェブサイトが推進している…数年前このイスラミスト指導者は、空軍司令官ジョレクチ大将(Ahumet Corekci)をターゲットにした。空軍司令官が、空軍の士官及び下士官を対象にギューレン支持者を調べて、一人ひとり識別したからである…。

当時、エスキシェヒル空軍基地の居住区では、下士官の妻君達が頭からブルカをすっぽりとかぶり、中佐が部下の下士官に敬意を払い、その手に口づけする光景がみられた(その下士官はギューレン派の幹部であった)…。空軍司令官の次に狙われたのが、マルテペ機甲軍団司令官シラフジョール大将(Silahcioglu)である。このイスラミスト紙Zamanが「軍団司令官、モスクのミナレットを破壊」と報道(誤報だった)したことに端を発し、追い落としのキャンペーンが張られたのである。ちなみに軍団長もアタチュルク信奉の愛国兵士であり…ギューレン派は心よく思っていなかった。

何の証拠もないのに陸軍司令官ブュカニット大将を狙いうちにする宗教勢力の一派は、全員AKP政権の傘の下にいるのではないか。その傘の下でギューレン派は、司法に影響を及ぼし、メディアを動かすだけでなく銀行家を慴伏せしめる政治力を持っている。信奉者達が全員銀行口座から預貯金を全部引出してしまう、と脅しをかけるのである…ギューレン派は政治経済力の行使法を心得ている。司法当局、警察、政界そして財界に影響力を浸透させる点では、プロ並みの専門家である…※14。

反軍作戦は首相官邸で練られた一野党指導者バイカル言明

CHP(共和国民党)党首バイカル(Deniz Baykal)は、記者会見の席で今回の起訴事件について問われ、首相エルドアンの官房長ディンジャー(Omer Dincer)が背後で糸を引張っているという噂をどう思うか、との質問をうけた。これに対し、バイカル党首は次のように答えている。

「官房長のメンタリティは、本人の発言、著作で明らかなように、トルコの世俗的民主的共和制を尊重するものではない。このところトルコでは、共和制の実績をないがしろにするのみならず、共和制の機構そのものに対し、意図的な攻撃が加えられている。今回の反軍作戦は首相とその官房長が組み、官邸で練られている」※15。

地方検事に対する司法省の懲罰

ブュカニット大将に対する告発事件が起きた後、ワンの地方検事サリキヤを調査するため派遣された複数の法務省監察官は、調査を終え報告書をまとめた。監察官は、ブュカニットを起訴するに足る根拠がないと認め、サリキヤに対する懲罰処分を求めた※16。

※1 www.ulusalihanet.com (トルコ語で国家反逆の意)

※2  トルコでは、非ムスリム社会出身は誰も制服着用の仕事につくことができない。軍隊(徴兵期間以後の職業軍人)、治安機関、警察部隊がそうである。非ムスリム国民はひとりとして司法機関のメンバー(検事、裁判官など)になっていないし、政府省庁で幹部職についている者もいない(例えば、非ムスリムで外交官はひとりもいない)。

※3 PKK(クルディスタン労働者党)は、クルド分離主義組織で、テロ組織としてアメリカのリストにのせられている。トルコはこの30年間PKKのテロと戦い続けてきた。テロの犠牲は優に3万を越える。最近PKKはテロをエスカレートしている。トルコ南東のクルド地方、イスタンブルで頻発し、連日のように犠牲者がでている。

※4 2005年11月1日付 MEMRI No.1043「トルコを世俗主義からイスラミズムへ変えようとするAKP政権(PartT)―トルコの大学との衝突」を参照。

http://www2.memri.org/bin/articles.cgi?Page=countries&Area=turkey&ID=SP101405

※5 ギューレン(Fethullah Gulen)は、筋金入りのイスラミストで、シャリーア(イスラム法)とカリフ統治の提唱者であるが、近年は異宗派間対話(トルコの世俗派、西側のイスラム研究者の間では、タキーヤとみなされている。信仰を隠すの意である)を提唱するなど、比較穏健なトーンをうちだした。世俗派政権に対するイスラミストの反政府活動で告発されて、アメリカへ逃げ1999年までそこで暮らした。彼の宗派は、日刊紙Zaman,テレビ局Samanyoluを含め複数のラジオ局を持ち、さまざまな雑誌を発行するなど、メディア手段を運用している。信奉者のなかには、政府省庁、警察、軍の職務についている者も多い。トルコ国内には、イスラム・トルコ・ギューレン学校が数千校もあり、ウクライナ、インドネシア、南アフリカ、スーダン、オーストラリア、中央アジア、ヨーロッパ、ロシア、アメリカを含む70ヶ国以上に、数百の学校をもつ。学校は彼の持つさまざまな基金で建設、運営されているが、金の出所は不明である。2006年3月には、学校が2校新たに開校した。アルゼンチンとスーダンに各1校である。AKP政権の大臣ツスメン(Kursad Tuzmen)が、スーダンの開校式に出席した。ソビエト体制の末期には、支持者達が反ソ活動を展開し、黒海北方のイスラム社会に不安動揺の種をまいた、と信じられている。

※6 2006年3月7日付 Hurriyet

※7 2006年3月6日付 同紙

※8 同日付 Aksam

※9 2006年3月7日付 Cumhuriyet

※10 同日付Hurriyet、Mehmet Yilmaz

※11 トルコのメディアによると、ブュカニット大将告発は、アルティンダー(Mehmet Ali Altindag)の証言だけでおこなわれたという。デアルバキールの実業家アルティンダーは地方紙と地方テレビ局をそれぞれひとつ所有し、まずテロ組織のPKK、ついでヒズボラと関わりを持っているとして何度も告発されている。ヒズボラの資金源と呼ばれていたのも、彼である。巨額の金がからむ政府プロジェクト多数落札したことでも知られる。次の2紙を参照。

2006年3月7日付 Cumhuriyet

2006年3月20日付 Hurriyet

※12 2006年3月11日付 Yenicag, Umit Ozdag

※13 2006年3月12日付 Hurriyet、Emin Colasan

 この記事は、「軍規委員会は次の点も明らかにした。即ち、この生徒達は全員ギューレンの光の家≠ナ教育され、そのなかで優秀な者が大学へ送られた。将来判事、検事或いは官僚になるために、法学や政治学を学ぶのである。残りは幼年学校へ行き、軍士官の道をめざした。クレリ(幼年学校)は前出光の家≠フ存在を警察に知らせたが、警察は動かなかった。(今日、この光の家≠ヘトルコ全土に数万ヶ所もあり、生徒を寄宿させ食事を与え、指導係を任命して教育している。すべて無料である。資金源は不明)。

※14 2006年3月7日付 Cumhuriyet, Hikmet Cetinkaya

※15 2006年3月25日付 Hurriyet

※16 2006年3月29日付 同紙


 

 

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